リンカの誤算 3
「さあ、言え。お前は一体ニーナに何を言ったんだ」
セルディオに詰め寄られ、アタシは力なく首を横に振った。
言えない。言えるはずがなかった。本当のことなど。
もし口にしてしまえば、どうなるか分からない。最悪、この屋敷から追い出されるかもしれない──そんな考えが頭をよぎる。
だからアタシは、必死に言葉を濁した。
「と、特に……大したことは……」
「では、なぜニーナは姿を消した? お前を睨んでいたのはなぜだ? それほどまでに酷いことを言ったからではないのか!?」
焦燥を隠しきれないセルディオが、アタシの顎を掴む指に力を込める。
痛い。
けれど、それ以上に怖かった。
今まで見たこともない顔をしている。
正直、彼がここまで取り乱すとは思ってもいなかった。
奥様を愛していることは知っている。だから彼女がいなくなれば、きっと悲しみに打ちひしがれるだろうと、そう思っていた。
そして、その傷ついた心に寄り添えばいい。
優しく慰めて、支えて……そうすれば今度こそ、自分だけを見てくれる。
アタシは、本気でそう信じていた。
……なのに。
奥様を失ったかもしれない今、セルディオが抱いたのは悲しみではなかった。
燃え上がるような怒り。
それも、奥様を傷つけたかもしれないアタシへ向けられた怒りだった。
その事実に、胸の奥がじわりと冷えていく。
──ああ。
この人は、本当に。
本当に、奥様のことを愛しているのだ。
今さらになって、それを思い知らされた。
けれど今さら、どうしろと言うのだろう。
アタシが奥様に何を言ったのかを知ったところで、もう遅い。
奥様は、もういないのだから。
そう思った瞬間、不意に笑いが込み上げてきた。
「……ふふっ」
「何がおかしい?」
セルディオが眉をひそめる。
その顔を見ていると、可笑しくて、惨めで、どうしようもなく腹が立った。
今さらそんな顔をして、何になるというのだろう。
だからアタシは、顎を掴まれる痛みに耐えながら、挑むように口を開いた。
「今さらそれを知ったところで、どうするつもり?」
「……何?」
「言っておくけど、今回のことはただのきっかけよ」
一度言葉を切り、セルディオを真っ直ぐ見据える。
「本当の意味で奥様を追い詰めて、この家からいなくなるほど傷つけたのは……あなたでしょう?」
その瞬間。
セルディオの動きが、ぴたりと止まった。
まるで、息の仕方すら忘れてしまったかのように。
その隙を逃さず、アタシは彼の手を乱暴に振り払った。
「っ……」
強く掴まれていた顎が、じんじんと熱を持つ。
けれど、そんなことを気にしている余裕はなかった。
今さら、全部アタシのせいにしないで。
今さら、自分だけが被害者みたいな顔をしないで。
奥様を傷つけてきたのは、ずっとあなたじゃない。
冷たい言葉を浴びせて、無視して、他の女を側に置いて……それでも何も気づかなかったのは、あなたでしょう。
「奥様がどんな気持ちで毎日過ごしていたか、あなたは一度でも考えたことがあった?」
「……っ」
「何をされても笑って、何を言われても耐えて……そんな奥様が、どうして突然いなくなったと思うの?」
震える声で言いながら、アタシは初めて理解していた。
自分が奥様にしたことも許されない。
けれど、それ以上に──この男もまた、彼女を追い詰めていたのだと。
「奥様をここまで追い込んだのは……あなたよ、セルディオ」




