リンカの誤算
いつも通り、決められた公爵家のお茶の時間──。
アタシは一分一秒違わずサロンへ足を運び、セルディオが来るのを待っていた。
普段の彼は、多少前後することはあっても、約束の時間を大きく違えるような人じゃない。貴族らしく時間には人一倍うるさい男だ。
それなのに今日に限って、待てど暮らせど姿を現さない。
「どうしたのかしら……?」
公爵家では主人が席に着くまで、お茶もお菓子も手をつけてはいけない決まりになっている。
つまり、セルディオが来ない限り、目の前に並ぶ焼き菓子もケーキも全部お預け。
こんなに美味しそうなお菓子が並んでいるのに、眺めることしかできないなんて拷問じゃない。
こっそり一つくらい摘まんでもバレないでしょ──そう思っても、すぐ後ろにはメイドが控えていて、とてもじゃないけど手を伸ばせない。
「もう……セルディオったら、一体何してるわけ?」
空腹と退屈が限界に達し、アタシは勢いよく椅子から立ち上がった。
「待ってたって埒が明かないし、探しに行けばいいわよね」
そう独り言を零すと、止める者もいないことをいいことに、アタシはサロンを飛び出した。
「えーっと、セルディオがいるとしたら……」
まず思い浮かんだのは執務室だった。
あの人は仕事人間だから、時間を忘れて書類と睨めっこしている可能性は十分ある。
そう思って扉をノックし、中を覗いてみたけれど──そこにセルディオの姿はなかった。
「なーんだ。やっぱり違ったか」
小さく肩を落とし、廊下へ戻る。
となると、次は私室だろうか。
セルディオが普段いる場所なんて、執務室か私室くらいしか思いつかない。
もしそこにもいなかったら……もうアタシにはお手上げだ。
「ニーナさんの部屋……って可能性もなくはないけど」
ぽつりと呟いて、自分で首を振る。
「いや、それはないわよね」
この前、自分から離縁を突きつけたばかりじゃない。
そんな相手の部屋へ、わざわざ会いに行くなんて考えにくい。
それに、セルディオが今さらニーナさんを気に掛ける理由なんてない……はず。
「ま、どこにもいなかったら使用人に聞けばいっか」
深く考えるのをやめると、アタシは軽い足取りで私室へ向かった。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
セルディオの私室に着くと、軽く扉を叩く。
「セルディオ? いる?」
返事はない。
もう一度ノックしてみても、部屋の中は静まり返ったままだ。
「……留守?」
恐る恐る扉を開けてみる。
綺麗に整えられた室内には、人の気配すらなかった。
「えぇ……。執務室にもいなくて、私室にもいないなんて」
さすがにお手上げだ。
廊下へ戻ったところで、ちょうど通り掛かった年配の執事が目に入る。
「あ、ちょうど良かった」
アタシは軽く手を振って呼び止めた。
「ねぇ、セルディオを見なかった?」
執事は一礼すると、落ち着いた口調で答える。
「旦那様でしたら、本日は奥様のお部屋へ向かわれております」
「……え?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「奥様って……ニーナさんの?」
「はい」
何でもないことのように頷く執事。
だけどアタシの胸は、どくりと大きく鳴った。
「そんな……」
だって、この前あんなにはっきり離縁を言い渡したばかりなのに。
もう二度とニーナさんの部屋なんて訪れないと思ってた。
「どうして……?」
嫌な予感が胸の奥でじわりと膨らんでいく。
考えるより先に、アタシの足はニーナさんの部屋へ向かって駆け出していた。




