セルディオの動揺
また、やってしまった……。
ニーナの部屋からの帰り道、僕は内心頭を抱えながら廊下を歩いていた。
本当は、離婚などと口にするつもりはなかった。
あんな言葉で彼女を傷つけたいわけではなかったのに、気づけば感情に任せて口走ってしまっていた。
あまりにもニーナが口を閉ざしたままだったから。
こちらが下手に出て歩み寄ろうとしているというのに、彼女は頑なに何も話そうとせず、差し伸べた手さえ振り払った。
ようやく本音を見せてくれると思っていた。
リンカとのことで激しく嫉妬していたと聞いたから、まだ僕を想ってくれているのだと信じて、逸る気持ちを抑えきれず彼女のもとへ向かった。
なのに──。
僕を迎えたニーナの表情は、驚くほど静かだった。
無表情と言っても差し支えないほど、何の感情も読み取れない顔。
……なぜ、そんな顔をしている?
なぜ、嫉妬に狂ったような顔をしていない?
僕は愛人であるリンカを連れて、お前の部屋まで来たんだぞ。
怒って当然だろう。
泣き叫んでも、責め立ててもいいはずだ。
それなのに、どうしてそんなにも静かなんだ。
まるで、僕への想いがとうの昔に冷め切ってしまったかのように。
先ほどのニーナの表情を思い出し、ぞくりと背筋に悪寒が走る。
まさか……愛想を尽かされたりしていないよな?
さっきはリンカが一緒にいたから、本心を隠していただけなんだよな?
そうだ。きっとそうに違いない。
まるで自分に言い聞かせるように何度も心の中で繰り返し、両腕で自分の身体を抱きしめる。
その瞬間──。
「セルディオ、寒いの? だったらアタシが温めてあげる」
そう言ってリンカが僕の腕に抱きつき、ささやかな胸を押しつけてきた。
途端に、思い出したくもない嫌悪感が胸を駆け巡る。
脳裏にあの夜の朧げな記憶がよぎり、僕は反射的に彼女を突き飛ばした。
「やめろ。不敬だぞ」
事故とはいえ、リンカの純潔を奪いさえしなければ、こんなことにはならなかった。
酒のせいだったのか、それとも薬のせいだったのか。
あの夜の記憶はほとんど残っていない。
それでも、ふとした拍子に断片的な光景が脳裏へ浮かび上がることがある。
そのたびに吐き気が込み上げ、僕は頭を振って必死に記憶を追い払った。
これ以上、思い出したくない。
リンカを屋敷へ迎え入れたことで、ニーナに嫉妬を抱かせるという目的だけは果たせていた。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
ニーナとの信頼は崩れ、自分自身への嫌悪は募る一方。
──僕は、一体何を守ろうとして、何を壊してしまったのだろうか。




