セルディオの勘違い 3
「ニーナさんは今、とても具合が悪いんだ! だから、あんたなんかに構っている余裕はない。さっさと出ていってくれ!」
怒声のした方へ視線を向けると、ベッドの傍らには幼い少年が立っていた。
今にも飛びかかってきそうな剣幕でこちらを睨みつける少年を、リシテアが慌てて羽交い締めにしている。
ということは、この少年を屋敷へ招き入れたのはリシテアなのだろう。
「……なんだ、このガキは」
冷たく一瞥すると、少年はますます顔を真っ赤にして怒鳴り返してきた。
「俺はガキじゃない! シルヴァンっていう、ちゃんとした名前があるんだ!」
「ほう……それで?」
「それで、じゃない! とにかく、あんたなんか呼んでないんだよ! あんたがいるとニーナさんの具合が悪くなるんだ! だから早く出ていってくれ!」
……なんとも生意気な小僧だ。
リシテアに何を吹き込まれたのかは知らないが、どうやら完全に僕を悪人扱いしているらしい。
だが彼女は、暴れようとするシルヴァンを押さえつけるのに必死で、こちらへ口を挟む余裕などなさそうだ。
だったら──本人に聞けばいい。
「ニーナ。本当に、僕がいると具合が悪くなるのか?」
本人の口から確かめるべく、僕はそっと彼女の顔を覗き込んだ。
だが、ニーナは青ざめた顔で俯いたまま、一言も答えようとしない。
「ニーナ?」
もう一度名前を呼び、その手にそっと触れる。
すると彼女はびくりと肩を震わせ、次の瞬間、僕の手を勢いよく振り払った。
その瞬間、胸の奥が鈍く痛んだ。
……なぜだ。
リンカの話では、ニーナは嫉妬していたはずだ。
だから僕は、わざわざ自分から歩み寄ってやろうと思った。
これまで避け続けてきた僕が、自分の方から話しかけたというのに。
それなのに、この態度はなんだ。
具合が悪い?
そんなもの、どうせ口実だろう。
シルヴァンという少年は「僕がいるとニーナの具合が悪くなる」と言っていたが、特定の人間が近くにいるだけで体調を崩す病気など聞いたこともない。
僕とリンカをこの部屋から追い出したいがための、子どもじみた嘘に違いない。
それとも──そこまでして、僕を拒絶したいというのか。
胸の痛みは、いつしか苛立ちへと変わっていた。
「ニーナ。いい加減にしないと──」
「セルディオ、もういいじゃない」
僕の言葉を遮るように、リンカが袖を掴んだ。
「セルディオがそんなに奥様に構うと、またアタシが睨まれちゃうかもしれないわ。あの時の奥様、本当に怖かったんだから……」
そう言って、リンカは鼻をすすり始める。
……面倒だ。
この女は一度泣き始めると、こちらが慰めるまでいつまでも付きまとってくる。
振り払っても、振り払っても、彼女が満足するまで決して離れようとしない。
「…………」
仕方なく、僕はリンカの肩を抱き寄せた。
もう泣くな、と宥めるように。
そしてニーナへ冷え切った視線を向け、静かに言い放つ。
「もういい。お前が病気のふりまでして僕を拒むというのなら、こちらにも考えがある」
一拍置き、ゆっくりと言葉を続けた。
「以前、離縁だけは絶対にしないと言ったが……あの言葉は撤回させてもらう」
その言葉に、ニーナの肩がぴくりと震える。
「このまま屋敷を追い出されたくなければ、自分が何をしたのか、よく考えることだ」
「旦那様、それは……!」
リシテアが悲鳴のような声を上げる。
だが僕は、それに構うことはなかった。
「近いうちに、また来る。お前も公爵夫人としての矜持があるのなら、つまらない嫉妬で人を睨んだり、病気のふりで僕の気を引こうなどとはせず、自分の気持ちをきちんと言葉で伝えるがいい」
言うだけ言って、部屋を後にする。
背後では、誰かが息を呑むような音が聞こえた気がした。
リシテアか、それともあの少年か。
だが、確かめる気にもならない。
この時の僕は、ニーナが唇をきつく噛み締め、震える手で胸元を押さえ、今にも倒れてしまいそうなほど顔色を失っていたことなど、知る由もなかった。
いや──知ろうともしなかったのだ。




