笑うしかない
「もうこんな家、出ていっちゃおうよ! いつまでもニーナさんが我慢してる必要なんてないだろう!?」
私から話を聞いたシルが憤慨し、握りしめた拳を震わせながら声を張り上げる。
それに同調したのはリシテアだ。
「そうです、奥様。リンカ様との間にお子までもうけられた以上、もう旦那様に遠慮なさる必要などございません。速やかにこの屋敷を出て、これからはご自身のために穏やかな日々を過ごしましょう」
すっかり意気投合した二人は、私の意見も聞かず、ああでもない、こうでもないと今後のことを話し始めてしまう。
「ち、ちょっと待って、二人とも。出ていくと言っても行く宛なんてないし、急に出ていったら旦那様が困るかもしれない──」
「困りません!」
私の言葉は、鬼気迫る声に遮られた。
はっと顔を上げると、リシテアが今にも怒りで震え出しそうな表情を浮かべている。
「むしろ旦那様には、奥様がいなくなって初めて、ご自身がどれほど奥様に支えられていたのか思い知っていただくべきです。旦那様が毎日健やかに過ごせているのも、奥様が使用人に頼み、一日も欠かさずハーブ茶をご用意されていたからではありませんか。それほど献身を尽くしてこられた奥様のお気持ちにも気づかず、挙げ句の果てには愛人を囲い、お子まで作られるなど……あまりにも酷すぎます」
最後の言葉は、怒りだけではなかった。
長年仕えてきた主人への失望と、何より私を傷つけられたことへの悔しさが滲んでいた。
「リシテア……ありがとう」
彼女の想いに、胸がじんわりと温かくなる。
「奥様は……優しすぎるのです。どうしてもっと旦那様にお怒りにならないのですか? ここは怒りをぶつけても、何一つおかしくはございませんのに……」
今にも泣き出しそうに顔を歪めるリシテアに、私は諦めの滲んだ微笑みを浮かべた。
「今更怒ったところで、どうにもならないでしょう? それに、セルディオ様には後継が必要なんだもの。私では産んで差し上げられないのだし……仕方がないわ」
そう口にしながら、自分でもその言葉がひどく空々しく聞こえた。
私はリシテアに言っているようで、その実、自分自身に何度も言い聞かせていたのだ。
私には、セルディオ様の子を産んで差し上げることができない。
だから、彼がリンカ様との間に子をもうけたのは、公爵家のためには必要なことだったのだ、と。
そう思い込まなければ、壊れてしまいそうだった。
胸の奥から込み上げる苦しさに押し潰されてしまいそうだった。
──どうして私では駄目だったの。
たとえ心臓が悪くても、悪くなくても、リンカ様が屋敷に来てから、私にはその機会さえ与えられなかった。
そんな醜い嫉妬も、どうして私の子ではなかったのと責める気持ちも。
全部飲み込んで、「仕方がない」と笑うしかなかった。
そうでもしなければ、セルディオ様を恨んでしまいそうだったから。




