リンカの嘘
奥様に妊娠の話を告げたアタシは、上機嫌で屋敷の廊下を歩いていた。
正直なところ、妊娠なんてしていない。あれはアタシが吐いた、真っ赤な嘘だ。
けれどアタシに上手く丸め込まれたセルディオは、奥様の目につくところでは毎日アタシを連れ歩いているし、閨だって一緒だと思わせている──実際は入口が同じなだけで、中の部屋は別々だけど。
だから誰にも疑われない。
実際、お腹を庇うように撫でてみせた時の奥様の反応は、期待以上だった。
半年以上もセルディオに捨て置かれ、冷たくされ続けているというのに、それでもあんな顔ができるなんて。
まるで心臓を抉られたみたいに青ざめて、泣きそうな顔をしていた。
一体どれだけセルディオのことが好きなんだろう。
……もっとも、それはセルディオも同じか。
あの男も病気なんじゃないかって思うくらい奥様に執着している。本人は隠しているつもりなんだろうけど、見ていれば嫌でも分かる。
そんな二人にとって、アタシはただのお邪魔虫。
それくらい最初から分かっている。
それでも諦められない。
アタシだってセルディオが好きだから。
それに、こんな男は二度と現れない。
顔も良くて、地位もあって、お金もある。
そんな男が、平民に毛が生えた程度のアタシなんかを見てくれる奇跡なんて、一生に一度あるかどうか。
もしセルディオを逃したら、次なんてない。誰もアタシなんか選んでくれない。
だから、どんな手を使ってでも手放せなかった。
だから利用した。
セルディオの歪んだ恋心を。
奥様を嫉妬させるために、屋敷ではいつもアタシを傍に置くこと。
閨だって、奥様ではなくアタシと過ごしていると思わせること。
そして奥様の気を引くために、人前ではアタシに優しく接すること。
そうすれば奥様は嫉妬に耐えきれなくなって、自分からセルディオに縋りついてくる。
セルディオはそう信じていた。
馬鹿みたい。
あんなに控えめな奥様が、自分から迫るわけないじゃない。
あの人は嫉妬するより先に、自分が身を引けばいいって考える人だ。
結婚前からずっと一緒にいたらしいけれど、セルディオは奥様のことを何一つ理解していない。
それで「愛してる」だなんて、笑わせないでほしい。
その言葉、中身は空っぽじゃない。
「あーあ。これで本当に奥様が出ていってくれたら、アタシは安泰なんだけどなぁ」
ぽつりと独り言を漏らし、誰もいない廊下を歩く。
ここまで大きな嘘を吐いてしまった以上、もう後戻りはできない。
もし奥様が屋敷に居続ければ、いずれ妊娠が嘘だったことは必ずバレる。
奥様自身はきっと怒らない。
あの人は、そんな性格じゃないから。
でも、いつも奥様の傍にいる侍女──リシテアは違う。
あの女は絶対に許さない。
嘘を暴いて、アタシを徹底的に追い詰めるだろう。
その時のことを想像すると、背筋がひやりとした。
「……だから、お願い。早く出ていってよ」
思わず本音が零れる。
本当は、こんな嘘なんて吐きたくなかった。
奥様が自分から身を引いてくれれば、それが一番楽だった。
けれど、いつまで待っても屋敷を出ていく気配はない。
だからアタシは、一番大きな嘘を吐いた。
この屋敷で、自分の居場所を手に入れるために。
セルディオの隣を、誰にも奪われないものにするために。




