張り詰めていた糸
「ちょっ……ニーナさん、何やってるんだよ! やめろ!」
その時だった。
ちょうど診察に訪れたシルが、扉を開けるなり私の腕へ飛びついてきたのは。
「奥様! 落ち着いてください! 一体どうなさったのですか!?」
後ろから入ってきたリシテアも、私を抱き締めるようにして必死に動きを押さえ込む。
「離して……! 私はもう、生きていたくないの。生きている価値なんてない……だから──」
「生きている価値がない人間なんて、いない!」
耳をつんざくような叫び声だった。
あまりの勢いに、私の身体がびくりと震える。
顔を上げると、シルは肩で荒く息をしながら、真っ赤になった目で私を見つめていた。
怒っている。
けれどそれ以上に、その瞳には悲しみが溢れていた。
「なんで……なんでそんなこと言うんだよ!」
震える声で叫びながら、シルは拳をぎゅっと握り締める。
「みんなが……俺も、リシテアさんも、先生も、この屋敷のみんなだって……ニーナさんに少しでも長く生きていてほしいって思ってるんだよ!」
ぽろり、と大粒の涙が頬を伝った。
「それなのに、なんで死にたいなんて言うんだよ……!」
言葉の途中で嗚咽が混じる。
「生きたいって願っても、生きられない人がいるんだ……! 必死に生きようとして、それでも病気には勝てなくて……泣きながら死んでいく人だって、たくさんいるんだよ……!」
堪えていたものが決壊したように、シルは声を上げて泣き始めた。
医師見習いとして医院で働く彼は、きっと私などよりずっと多くの命の終わりを見てきたのだろう。
どれほど生きたいと願っても、その願いが叶わなかった人達を。
残された家族が涙を流し、悲しみに暮れる姿を。
だからこそ、「死にたい」という私の言葉が、誰よりも許せなかったのだ。
「…………」
胸が締めつけられる。
一時の感情に任せて吐き出した言葉が、こんなにも彼を傷つけてしまった。
私を助けたいと、病と闘ってほしいと願ってくれている人がいる。
その想いを踏みにじるようなことを、私は言ってしまったのだ。
どうしようもない自己嫌悪が胸いっぱいに広がり、私はただ俯くことしかできなくなる。
「……奥様」
震える声で名を呼ばれ、顔を上げた。
目の前には、今にも泣き出しそうな表情を浮かべたリシテアがいる。
「奥様には、この私がおります。ですから……もう二度と、そのようなことは仰らないでください」
そっと頬に触れる彼女の手は、驚くほど温かかった。
その温もりに触れた瞬間、張り詰めていた心が少しだけほどけていく。
ああ……。
私は、リシテアの気持ちまで踏みにじろうとしていたのね。
シルだけじゃない。
ずっと傍で支えてくれた彼女まで、深く傷つけてしまうところだった。
「ごめんなさい……リシテア」
震える声で謝ると、彼女は安心させるように柔らかく微笑んだ。
「いいのです、奥様。何か、とても辛いことがおありになったのでしょう?」
責めることも、問い詰めることもなく、ただ静かに寄り添うような声。
「よろしければ、お話しください。どのようなことでも構いません。必ず、お力になるとお約束いたしますから」
その言葉に、張りつめていた糸がぷつりと切れた。
もう、一人で抱え込まなくてもいいのだろうか。
そんな思いが胸をよぎり、私は涙を拭う。
「……実は」
震える唇をゆっくりと開き、私は先ほどリンカ様から告げられた衝撃の事実を、二人へ語り始めた──。




