リシテアの不安
シルと共に私が公爵家へと戻った時、奥様はひどく傷ついたような表情をしておられた。
「奥様、どうなされたのですか?」
尋ねても、奥様は弱々しく首を左右に振られるだけで、明確なお答えは返ってこない。
大方、昨夜のことが原因なのだろうけれど、それ以外にも何かがあったのだろうか。
ドクン──と、心臓が嫌な音を立てる。
今の奥様には、ほんの少しの不安さえ与えてはならないというのに。私のいない間に、一体何があったというのだろう。
まるで吸い寄せられるようにベッドへ歩み寄ろうとした、その時だった。
一緒に部屋へ入ってきていたシルが、私より一歩早くベッドの傍らへ駆け寄り、その端に手をついた。
「ニーナさん! 具合はどう? 何かあったんなら、俺に言ってみなよ。どこまで力になれるかは分かんないけど、できる限り手を貸すからさ」
こういう時、子供の無邪気さは本当にありがたい。
相手に「話して」と無理に迫ることなく、ごく自然に胸の内を聞き出せるのだから。
おそらく私が同じ言葉を掛けても、奥様は私に心配をかけまいと胸の内を隠されるか、あるいは私を巻き込んでしまうことを申し訳なく思われるだけだろう。
けれど、相手が子供なら──。
そんな思いで見守っていると、奥様はシルへ柔らかな微笑みを向けられた。
「ふふ……ありがとう、シル」
「お安いご用だって」
シルは照れくさそうに笑い、ぽりぽりと頬を掻く。
そして医療道具の入ったバッグをおもむろに広げると、慣れた手つきで必要な器具を取り出し始めた。
「もしかして今日は、シルが私を診察してくれるのかしら?」
シルの準備を手伝いながら、若干元気を取り戻したらしい奥様が、笑顔で尋ねている。
「へへっ。まだ見習いだけどさ、今日は俺がニーナさんのお医者さんだから!」
そう言って、シルは得意げに胸を張った。
和やかな雰囲気で言葉を交わす二人を見ていると、不思議と私の心も落ち着いていく。
これからの日々が、ずっとこんな穏やかな時間で満たされていたなら。
そうすれば、奥様の心が傷つくことも減り、お体が衰えていく日も少しは先延ばしにできるのかもしれない。
けれど現実は違う。
奥様が胸を痛める出来事ばかりが続き、穏やかな日々とは程遠い毎日を送ることになってしまっている。
このままでは、奥様のお命がいつまでもつのか──。
「うーん……」
私が大きくため息を吐いた時、同時にシルの唸るような声が聞こえた。
「シル、どうかしたの?」
私と奥様の声が、ほとんど同時に重なる。
問いかけられたシルは、奥様の胸からゆっくりと視線を落とし、何かを考え込むように口元へ手を当てた。
そして、どこか言いづらそうに口を開く。
「……ねえ、ニーナさん」




