リンカの決意
話が違う──。
セルディオの冷たい瞳に見下ろされながら、アタシは思った。
こんな事は予想外で、彼がアタシを否定するなんてあるはずがない。
なのに今、彼はアタシを突き放し、奥様を愛していると口にしたのだ。
アタシに愛を捧げると言ったその唇で、奥様だけを愛していると。
嘘吐き──。
だったら、これまでのアタシ達はなんだったの?
蕩けるような眼差しも、甘い声も、全部作り物だったの?
それが貴族の駆け引きってやつなの?
分からない──。
だってアタシは名ばかりの貴族で、本当の貴族が受けるべき教育も、貴族としての生活も知らない。
平民に毛が生えた程度のアタシに、そんなもの理解しろって方が無理だ。
なのにただ契約書に署名をさせるためだけに、アタシを騙していたっていうの?
喉の奥がひゅ、と鳴った。
視界が滲むのに、涙が落ちるより先に怒りがこみ上げてくる。
そんなはずない。違う。違う違う違う──。
「……じゃあ、今までの言葉は全部、嘘だったっていうこと?」
震える声が、思ったよりも静かに響いた。
セルディオは一瞬だけ目を細め、それから淡々と答える。
「嘘ではない」
「だったら……っ!」
「だが、本心ではなかった」
その一言で、胸の奥が冷たく沈んだ。
本心じゃない? それのどこが嘘じゃないっていうの?
ただ言い方を変えただけじゃない!
「……ふざけないでよ」
気づけば唇が歪んでいた。
「愛してるって言ったじゃない。ずっと、アタシだけを見てるって……! なのに今更本心じゃないなんて言われて、アタシはどうしたらいいのよ!」
叫ぶように訴えた。
けれど、セルディオの表情はぴくりとも動かない。
冷たい、貴族の仮面。
これが本物の貴族だというのなら、アタシはそんなものになりたくない。
こんなにも冷たく、まるで温度のない顔で人を追い詰めるのが貴族だなんて──。
「だから、面倒を見ると言っている」
「……は?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
だから面倒を見る?
何を言っているの、この人は。
呆然とするアタシを見下ろしながら、セルディオは淡々と続ける。
「君を騙したことについては、僕も悪かったと思っている。だからこそ昨夜の一件には目を瞑り、今後の君の生活を保証するつもりだ。これ以上何を望む?」
「これ以上って……」
思わず笑いそうになった。
アタシが望むものなんて、最初から決まっている。
──セルディオの愛。
ただ、それだけだ。
けれど──もう気づいてしまった。
絶対にそれだけは、アタシに与えられることはないのだと。
彼は本当は奥様を病的なほどに愛している。
そして、彼女の関心を引くためだけに、アタシを利用した。
少なくとも、アタシにはそうとしか思えなかった。
だけど彼は気づいていない。
そんなやり方は間違っているということに。
嫉妬させて相手の気を引こうとしても、度が過ぎれば気持ちは離れていく。
傷つければ傷つけるほど、取り返しがつかなくなることだってある。
……まあ、悔しいから教えてなんてあげないけれど。
アタシだけが傷ついて終わりなんて、絶対に嫌だ。
このまま大人しく引き下がってなんかやるものか。
セルディオには、アタシを騙した責任を取ってもらう。
絶対に──。




