居場所
もう、駄目……。
私は、セルディオ様を傷つけた。裏切ってしまった。
病のことを知られたくない。心配も同情もされたくない。
ずっとそう思っていた。
けれど本当は──ただ、セルディオ様を信じ切れていなかっただけなのかもしれない。
悪いのは私だ。
夫婦仲が壊れるきっかけを作ったのも、セルディオ様を不安にさせたのも、全部私だった。
セルディオ様は、私への不信感から愛人を作っただけだったのに。
なのに私は、自分ばかりが傷ついた被害者のような顔をして泣いていた。
どれだけ自分勝手だったのだろう。
「セルディオ様……ごめんなさい……」
震える声と共に、ぽろりと涙が零れ落ちる。
浮気を疑われていたなんて、考えもしなかった。
私はただ、夫婦として夜を共にできなくなったことへの不満から、セルディオ様が愛人を作ったのだと思い込んでいた。
「そんなわけ……なかったのに……」
セルディオ様が、そんなくだらない理由で機嫌を損ねるような人ではないことくらい、本当は分かっていたはずだった。
それなのに私は、何一つ分かっていなかった。
セルディオ様の苦しみも、不安も、私を想う気持ちも。
何も見ようとしてこなかった。
だから──。
こんな私だから、嫌われてしまったのだ。
「どうしたら……」
いいのだろう。
これから私は、どうしていけばいいのだろうか。
もう今までのように、セルディオ様に接することはできないだろう。
以前から冷遇されていたのだ。今後はそれに輪をかけて酷い対応になるに違いない。
何せ自分は別れを告げられた身。
どう贔屓目に見ても待遇が改善されることなどあり得なかった。
それに今は、リンカ様がいる。
きっかけはどうあれ、今セルディオ様が一番愛しているのは彼女だ。
一夜を共にした以上、彼女を愛妾か第二夫人にでもして後継を作るつもりなのかもしれない。
「そうしたら私は……完全に用無しね」
今までは、病気が治るかもしれないという僅かな希望に縋って生きてきた。
もし病気が治れば、セルディオ様と夫婦としてやり直せるかもしれない。
子供だって授かれるかもしれない。
彼と身体を重ね、もう一度夫婦になれる日が来るかもしれない。
そんな奇跡のような未来を、ずっと夢見ていた。
けれど今は、その希望さえも失われてしまった。
セルディオ様の傍にはリンカ様がいる。
私のように「心臓に負担がかかるから」という理由で夫婦としての務めを果たせない身体ではない。
妊娠や出産に命の危険が伴うわけでもない。
健康で、若くて、美しくて。
何の問題もなくセルディオ様の子を産み、公爵家の後継を残せる女性。
公爵家に必要なのは、きっとそういう人なのだろう。
「だったら私は……」
思わず漏れた呟きは、途中で途切れた。
妻としての役目も果たせない。
後継を望める身体でもない。
挙げ句の果てには、病のことを隠し続け、セルディオ様を傷つけてしまった。
そんな私に、一体どんな価値が残っているというのだろう。
胸の奥が、じわじわと冷えていく。
まるで自分の居場所が少しずつ失われていくような、そんな感覚だった。
「いっそ……」
そこまで口にして、慌てて唇を噛む。
駄目。
そんなことを考えてはいけない。
リシテアが悲しむ。
先生やシルだって、きっと心を痛めるだろう。
それに──。
「セルディオ様も……」
そこまで呟いて、私は自嘲気味に笑った。
何を期待しているのだろう。
もう終わったのだ。
セルディオ様は私に別れを告げた。
あの人はもう、私を必要としていない。
それなのに心のどこかで、まだ少しだけ期待してしまっている。
もしかしたら。
もしかしたら、まだ。
そんな都合の良い夢を捨てきれない自分が、ひどく惨めだった。




