セルディオの豹変 2
最初から答えは決まっている。
曖昧な言葉で期待を持たせる方が、よほど残酷だ。
だから僕は、はっきりと告げることにした。
「悪いが、勘違いしないでほしい」
一切の情を挟まず、淡々と続ける。
「僕が愛しているのは、ニーナだけだ」
その言葉を聞いた瞬間、リンカの表情が絶望に染まった。
「嘘……嘘よ……」
唇を震わせながら、リンカが僕の足に縋りついてくる。
「奥様のことなんて、愛してないって言ってたじゃない! なのに、なんで今更……」
「ああ、あれか」
リンカと愛人契約を結ぶにあたり、「もう妻のことは愛していない。代わりに愛人となる君に、僕の愛情を捧げると誓おう」などと言った覚えがある。
無論、その場を取り繕うためだけに言った言葉であり、本心ではなかった。
まさかあの言葉を、そっくりそのまま信じるだなんて、思いもしなかったから。
僕は最初から一貫して、リンカに愛情を示したつもりなどなかったというのに。
「ああ言った方が、契約書に署名をしてもらいやすいだろう? だからそう言ったまでだ」
「そんな……それじゃ、アタシは……」
言葉を途切れさせ、リンカが俯く。
彼女は何かを必死に探すように、震える唇を何度も開いては閉じた。
「……お前は、もう少し貴族同士の駆け引きというものを覚えた方がいいな」
あまりにも世間知らずな彼女の様子に、思わずそんな言葉が口をついて出る。
「え……?」
するとリンカは、何を言われたのか分からないとでも言いたげに目を瞬かせた。
やはり理解していないらしい。
社交辞令。腹の探り合い。
相手をその気にさせ、自分にとって有利な方向へ話を運ぶ駆け引き。
そんなものは、貴族社会では日常茶飯事だ。
言葉をそのまま受け取る方がどうかしている。
尤も──。
何も知らない、こういう素直な娘だったからこそ、利用しやすかったとも言えるのだが。
今後その身柄を公爵家で保護する以上、いつまでも今のままでいられては困る。
余計な期待を抱かせないためにも、ここで現実を教えておく必要があった。
「明日から、お前には家庭教師をつける」
リンカを見下ろしながら、僕は淡々と告げた。
「その者から、貴族とは何たるかをしっかり学ぶといい」
「え……家庭教師?」
涙に濡れた瞳を大きく見開き、リンカが困惑した声を上げる。
「アタシは、ただセルディオに愛されていればいいんじゃないの!?」
その言葉に、ぴくりと肩が震えた。
ただ僕に愛されていればいいだけの存在など、ニーナ以外に必要ない。
いや──。
リンカが卑怯な手を使ってこの屋敷へ入り込もうとさえしなければ、表向きだけでもそうした立場を与え続けてやることはできたのかもしれない。だが、その道を捨てたのは彼女自身だ。
僕の情に甘え、身の程を弁えず、一線を越えた。
ならば、もう以前と同じ関係には戻れない。
公爵家で保護する以上、最低限の教育は受けてもらわなければ困る。
僕の庇護下に置くのなら、無知なままで好き勝手に振る舞われては迷惑なのだから。




