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もしも私が死んだなら、あなたは後悔してくれますか?  作者: 迦陵れん
第二章 現在

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セルディオの豹変

 鬱陶しい……。


 尻餅をつき、目に涙を浮かべるリンカを見て、僕の胸に浮かんだのはその一言だけだった。


 元より恋愛感情など抱いていなかった相手だ。


 泣かれたところで、何も感じない。


 彼女は僕と一夜を共にしたことで、自分の立場が強くなったと勘違いしているようだが、僕としては記憶のない出来事を盾に取られたところで、弱みを握られたなどとは思っていない。


 むしろ、酒と一緒に紅茶へ盛られたのであろう媚薬のことを思うと、不快感すら覚える。


 あんなものを盛られでもしなければ、僕がニーナ以外の女性と一夜を共にするなどあり得なかった。


 いや──。


 本来なら、盛られたところで反応などしないはずだったのだ。


 だが、人間の生殖本能というものは想像以上に厄介らしい。


 尤も、それに気づかず口にしてしまった僕自身にも落ち度はあるのだが。


 だからこそ感情的にならず、冷静に対処しようとしているというのに。


 彼女がこれでは、それも難しくなる。


 僕は小さく深呼吸すると、未だ床に座り込んだままのリンカへ淡々と告げた。


「……今後、不必要な身体の接触は控えるように」


「えっ……」


 まるで予想もしていなかったとでも言いたげに、リンカの動きがぴたりと止まった。


 ただ身体に触れるなと言っただけだ。


 何をそこまで驚く必要があるのか。


 そもそも僕は今まで一度だって、必要以上の接触を許したことはない。


 一度過ちを犯したからといって、それが変わることもない。


 だからこその言葉だったのだが──。


「愛人契約の書面を新しく作成する。その内容に従って生活してくれれば、約束通りお前の面倒は見よう。無論、純潔を奪った責任も取る。それでいいな?」


 確認ではない。


 命令だ。


 ここで否を唱えたところで、僕の考えが変わることはない。


 だがリンカは、不満そうに瞳を潤ませた。


「……なんだ? 何か不満があるのか?」


 本来なら、彼女は不満を言える立場にない。


 来るなと言ったにも拘らず屋敷に押しかけ、この僕に薬を盛り、無理やり一夜の関係へと持ち込んだ。


 本来なら慰謝料を請求されても仕方のないところを黙認し、屋敷に受け入れてやろうとしているのだ。


 それなのに、なぜリンカは泣くのだろう。


 公爵家で面倒を見る。生活に困ることのないよう、責任も取る。


 十分すぎるほどの条件を提示しているはずなのに。


 これ以上、僕に何を求めるというのだろうか。


 そもそもリンカは、ニーナに見せつけるための恋人役として見繕った相手だった。


 爵位が低く、婚約者なし。実家の財政状況が苦しければ、なお都合がいい。


 そんな条件をつけて部下に令嬢を探させた結果、見つかったのが彼女だった。


 男爵家の令嬢。婚約者なし。家は貧乏で兄弟姉妹も多く、学園に通う余裕すらない。


 これ以上、都合の良い相手はいなかった。 


 そうして僕は、リンカの働いているカフェへ足を運んだのだ。


 最初から、特別な感情などなかった。


 必要だったのは、ニーナの気を引くための駒。


 嫉妬させ、こちらへ振り向かせるための存在。


 ただ、それだけだった。


 確かに、リンカを都合よく動かすために、多少甘い言葉をかけた覚えはある。


 だが、それの何がいけない?


 社交辞令で相手を気分よくさせ、望む方向へ導く。そんなことは、貴族社会では当たり前に行われている駆け引きの一つだ。


 問題があるとするなら、それを真に受けたリンカの方だろう。


 だから今さら泣かれたところで、僕にはどうしてやることもできない。勘違いされても迷惑なだけだ。


 僕が欲しかったのは、リンカの愛情ではない。ニーナの関心だけなのだから。


 リンカを利用してニーナを傷つけ、嫉妬させることができれば、それで十分だった。


「セルディオは……私のことが好きなんじゃないの?」


 床に座り込んだまま、リンカが震える声で問いかけてくる。


 涙で濡れた瞳が、縋るように僕を見上げていた。


 その視線に、胸が痛むことはない。


 ただ、どう答えれば理解してくれるのか──それだけを考えていた。












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