リンカの動揺
奥様の部屋に行くと言ったまま、ちっとも戻ってこないセルディオを待ちくたびれたアタシは、こっそり公爵家の屋敷内を探索していた。
初めて見た時にも思ったけど、この屋敷はあまりにも広すぎる。
道に迷いそうなくらい廊下は長く、部屋の数だって数えきれないほど。
アタシの家なんて全部合わせても五つしかないのに、ここは一つの階だけでもそれ以上だ。
少し考え事をしながら歩いていたら、あっという間に迷子になってしまいそうなほどの広さだった。
「こんな大きなお屋敷に、今日からアタシが住めるだなんて……」
思わず頬が緩む。
セルディオがお酒に弱くて、本当に良かった。
あの日、偶然が重なって彼と出会えたこと。
酔った勢いで一夜を共にしたこと。
全部、運命だったのかもしれない。
今まではセルディオが必要とした時にしか呼び出されず、思うように会えなかった。
けれど、これからは違う。
毎日顔を合わせて、一緒に食事をして、同じ屋敷で眠る。
そうして少しずつ、セルディオの生活の中心がアタシになっていく。
奥様のことなんて、さっさと忘れさせて。
アタシがいないと駄目なくらい、夢中にさせてみせる。
だってセルディオは、もうアタシを選んだんだから。
そうでしょう?
胸の奥で膨らむ期待に、自然と口元が吊り上がる。
今までは、どんな状況になろうとも、彼はアタシに絶対に手を出してはくれなかった。
夜の庭園で誘ってみても、ささやかな胸を腕に押し付けてみても、彼はまったくそういうことに興味を示してはくれなかった。
けれど昨夜、ようやく一線を越えることができた。
──まあ、お酒と媚薬の力を借りなければ無理だったというのは……少々情けないけれど。
それでも、とにかくこういうことは、一度一線を越えてしまえば、あとはなし崩し的に回数を重ねていくものだと聞いている。
つまりこれからは、アタシとセルディオが毎日のように激しく愛し合う日々が始まるのだ。
「あ~……楽しみ!」
今はまだ愛人でしかないけれど、奥様を追い出すことに成功したら、正妻になれる可能性だってあるかもしれない。
ううん。セルディオは基本的に女性への関心が薄いのだから、次の奥様になるならアタシしかいない。
昨夜のような熱い夜を重ねていけば、彼はきっとアタシに陥落するはずだ。
そう思いながら、弾む足取りで回廊を歩いていると、角を曲がった先にセルディオの姿が見えた。
「あ、セルディオ!」
やっと戻ってきてくれた──という喜びのまま彼に駆け寄り、そのまま抱きつこうとする。
だが、彼の身体に腕を回そうとした途端、乱暴に突き放された。
「きゃっ……!」
尻餅をつき、アタシは呆然とセルディオを見上げる。
何が起きたのか分からなかった。
どうして、突き飛ばされたのかも。
昨夜、ようやく一線を越えたばかりなのに。
そんなことをされる理由なんて、アタシには思い当たらなかった。




