甘い香り
バンッ!
扉が勢いよく開かれた大きな音に、私はびくりと肩を震わせる。
「ニーナ!」
セルディオ様が私の名を呼びながら、突然部屋へ飛び込んできた。
眠りの淵から引き戻されるように目を覚ました私は、突然現れたセルディオ様の姿に戸惑う。
え……どうして?
彼はリンカ様と一緒だったんじゃ……。
そう思った瞬間、胸の奥がずきりと痛む。
「あの、セルディオ様。一体どうし──」
「ニーナ、すまなかった!」
最後まで言い終える前に、強く抱きしめられた。
「……っ」
まるで壊れ物を扱うかのように。
それでいて、どこにも逃がさないとでも言うように。
久しぶりの温もりに、思わず涙が出そうになる。
私も彼の背中へ腕を伸ばしかけて──。
その瞬間。
ふわりと、甘い香りが鼻をかすめた。
嗅ぎ慣れない香水の香り。
けれど、それが誰のものなのかはすぐに分かってしまった。
リンカ様の香りだ。
伸ばしかけた手が、空中でぴたりと止まる。
「ニーナ?」
私の手が止まったことに気づいたのか、セルディオ様が訝しげな顔をして、そっと身体を離した。
そして、眉間に深い皺を寄せる。
「やはり……《《そういうこと》》なのか?」
意味深な言葉を呟かれ、私は困惑した。
何のことを言っているのか、まるで分からない。
けれど今は、それを尋ねる気にはなれなかった。
鼻先をかすめる甘い香りが、嫌でも昨夜の出来事を思い出させるから。
「あの……セルディオ様。昨夜は、こちらに来てはいただけなかったのですね……」
震えそうになる声を、なんとか押し殺して尋ねる。
リンカ様のことには触れない。
自分からその名前を口にしてしまったら。もしセルディオ様の口から、「昨夜はリンカと過ごした」と告げられてしまったら。
今度こそ、平静ではいられなくなってしまいそうだったから。
「あ、ああ……。少しリンカとの話し合いが長引いてな……。君はもう眠っているだろうと思ったから、ここには来なかったんだ」
どこか気まずそうに視線を逸らしながら、セルディオ様はそう言った。
話をするだけであれば、ここまで相手の香が身体につくこともないでしょうに。
けれど私は、それを指摘することすらできなかった。
真実を知るのが怖かったから。
「そうなのですね」
無理やり口元を持ち上げて、微笑む。
ここでセルディオ様を責めても、何も変わらない。
起きてしまったことは、もう元には戻せないのだから。
「それで……リンカ様は、もうお帰りになったのでしょうか?」
そう尋ねた瞬間、セルディオ様の顔色が明らかに変わった。




