リンカの執着
セルディオが部屋を出て行ってから──アタシは一人、ベッドの中でほくそ笑んでいた。
昨夜のことを、セルディオはあまり覚えていないようだったけど、アタシはしっかり覚えている。
記憶がないからと約束を反故にしようとしても無駄だ。
──まぁ、アタシの身体中についた赤い痕が、事実を証明してくれているけれど。
働いていた店で偶然セルディオと出会い、彼に見初められてからというもの、アタシは夢のような時間を過ごしてきた。
なんなら一生分の幸せが、そこに凝縮されていたと言ってもいい。
アタシは、貧乏子沢山の男爵家に生まれた。
貴族といっても生活の質は平民とほとんど変わらない。
家のことはすべて自分達でこなし、使用人がいる暮らしなんて物語の中だけの話だと思っていた。
学園に通える年齢になれば、問答無用で働きに出される。
貴族としての教養を身につける余裕なんて、どこにもなかった。
だけど、そんなアタシの前に現れた奇跡──。
ノヴェント公爵家の嫡男、セルディオ様。
誰もが憧れながらも、奥様以外の女性には興味がないと噂されていたその人が、ある日突然アタシに声をかけてきた。
最初は、自分に話しかけられているのだと気づけなかった。
だって、住む世界が違いすぎたから。
「君、とても可愛いね。できるなら、僕と“愛人契約”を結ばないか?」
なんて。
最初は冗談だと思った。
だって相手は、雲の上の存在だ。
王都中の令嬢たちが憧れる公爵家の嫡男。
そんな人が、たとえ契約を持ちかけるためだとはいえ、場末のカフェで働くアタシなんかに声をかけるはずがない。
けれどセルディオ様は、それから何度も店に足を運んでくれた。
花を贈ってくれた。
高価なお菓子を差し入れてくれた。
アタシの拙い話にも、楽しそうに耳を傾けてくれた。
そうして気づけば、アタシは契約のことなんて忘れて、すっかりその気になっていた。
セルディオ様は、他の人とは違う。
身分なんて気にしない、優しい人なんだって。
そしていつしか、ただ一緒にいられるだけでは物足りなくなっていった。
恋人として隣に立ちたい。
奥様よりも、もっと特別な存在になりたい。
みんなに羨ましがられたい。
セルディオ様が見つめる先には、いつだってアタシだけがいてほしい。
一度知ってしまった優越感は、もう手放せなかった。
それなのに彼は、どうしても奥様を気にする。
アタシだけを見つめているようで、その視界の端にはいつだって奥様を映している。
どうして?
所詮アタシは契約による関係なのだと、その度に突きつけられた。
奥様が体調を崩したと聞けば、途端に落ち着きをなくして。
奥様が泣いたと知れば、今にも駆け出しそうな顔をする。
そんな姿を見るたびに、胸の奥がざらついた。
アタシじゃ駄目なの?
アタシだけじゃ、満たされないの?
だってアタシはこんなにも、あなたのことが好きなのに。




