リシテアの怒り
許せない、許せない、許せない──!
泣き疲れた奥様が眠りについた後、私は怒りのままに旦那様がいるであろう客室へと向かった。
昨夜は奥様が決死の覚悟で旦那様と閨を共にしようとしていたのに、直前になってそれを裏切るなんて……!
旦那様が事前にドラジェ男爵令嬢と話を合わせていたのかは分からない。
昨夜のことは偶然だったかもしれないし、二人が示し合わせて奥様を傷つけようとしたのかどうか、それすらも知らないけれど。
どちらにしろ、奥様を酷く傷つけたことだけは確かだ。
あれほど苦しみながらも、奥様は前へ進もうとしていた。
旦那様と夫婦として向き合うために。未来を諦めないために。
それなのに──。
「どうして……」
思わず唇から掠れた声が漏れる。
奥様は今、感情の乱れひとつが命取りになりかねないほど、お身体を悪くしておられるというのに。
いくらそれを知らないとはいえ、将来を共にすると誓った相手に、こんなことをするなんて。
一体どういうつもりなのか、旦那様を問い詰めてやる──!
怒りに任せて足早に廊下を進む。
そのまま勢いよく角を曲がった瞬間だった。
「きゃっ!?」
ドンッ、と何かにぶつかる。
前も見ずに歩いていたせいで、私は見事に誰かと正面衝突してしまった。
「ご、ごめんなさい……」
反射的に謝り、そのまま横をすり抜けようとする。
──しかし。
ふと視界に入った靴を見て、私はぴたりと足を止めた。
見覚えのある、上質な革靴。
ゆっくりと視線を上げる。
「旦那様!?」
「あ、ああ……リシテアか。どうした?」
まさに今、会いに行こうとしていた相手が目の前に現れ、驚愕で目を見開く。
同時に、行き場を失っていた怒りの矛先を見つけた気がした。
「旦那様!」
私は即座に旦那様の進行を妨げるようにして道を塞ぎ、下から彼を睨みつける。
使用人のくせに不敬だとかなんだとか、そんなことに構っている場合じゃない。今は昨日のことを問い詰めるのが何より先だ。
胸の奥で渦巻く怒りを必死に抑え込みながら、私は震える声で問いかけた。
「昨日はどうして……奥様のもとにいらしては下さらなかったのですか?」
途端に、旦那様が言葉に詰まる。
「そ、それは、その……」
歯切れの悪い反応に、胸の奥がざわついた。
まさか。
まさか本当に──。
「もしかして、わざとですか?」
思わず声が鋭くなる。
「奥様が悲しむことを分かっていて、わざといらして下さらなかったわけではありませんよね!?」
「ち、違う!」
旦那様は慌てたように首を振った。




