セルディオの焦り 2
「と、とにかく、ニーナのところへ行かないと……」
昨夜は久しぶりに夫婦の営みをするはずだったのに、気が付けば予想外の場所で朝を迎えてしまっていた。
一晩中、ニーナが寝室で僕を待っていたかもしれないと思うと胸が痛む。
今はリンカのことを考えている場合じゃない。一刻も早くニーナのもとへ向かわなければ。
しかし──。
従僕を呼ぼうとして、僕はベルへ伸ばしかけた手をぴたりと止めた。
待て。
この状況で人を呼んだら、まずいんじゃないか?
誓って言うが、僕は浮気などしていない。いや、していないはずだ。少なくとも僕の記憶ではしていない。
だが、今の状況だけを見ればどうだ。
昨夜、夫婦の夜を過ごすはずだった男が、なぜか別の女性と一緒のベッドで朝を迎えている。
しかも相手は若い女性だ。
事情を知らない人間が見れば、どう考えても浮気現場である。
……まずい。
ものすごくまずい。
もし今ここで従僕を呼べば、屋敷中に噂が広がるのに半日とかからないだろう。
そしてその噂は、確実にニーナの耳にも入る。
……まずい。
一度手を上げてしまった後だけに、ここで浮気を疑われるのは致命的だった。
しかし、だからといって従僕を呼ばないわけにもいかない。
なぜなら、僕は生まれてこの方、一人で着替えなどしたことがないからだ。
従僕がいなければ、寝室へ向かうための服を着ることすらできない。
「どうして服を脱いだんだ、僕は……!」
せめて服を着たまま眠っていたら、そのままの状態でニーナのところへ行けたのに。
思わず頭を抱える。
すると、隣から遠慮がちな声が聞こえてきた。
「セルディオってもしかして……自分で服が着られないの?」
「へ?」
予想外の問いに、間の抜けた声が漏れる。
「あ、ああ……そうだが」
答えてから、ふと気になった。
「もしかしてリンカは、自分で着られるのか?」
家が貧乏とは聞いていたが、まさかな……。
尋ねると、リンカはきょとんとした顔で首を傾げた。
「着られるけど?」
まるで当たり前のことを言うような口調だった。
「うちには使用人なんていないし。服くらい自分で着るよ」
「なっ……」
言葉を失う。
そんなことが可能なのか。
いや、可能だからこそ彼女は平然としているのだろうが。
僕にとっては衝撃的な事実だった。
「じ、じゃあ……すまないが、僕に服を着せてもらっても良いだろうか?」
「別にいいけど……こういうのって、普通は使用人がするものじゃないの?」
リンカのもっともな指摘に、僕は言葉を失う。
本来なら、その通りだ。
着替えなど従僕に任せれば済む話だった。だが今は、その従僕を呼ぶことができない。
この部屋にリンカがいる以上、誰かに見られれば何を疑われるか分かったものではないのだから。
「それは……事情があってな」
曖昧に誤魔化す。
まさか『お前と同じ部屋で朝を迎えたところを見られたら、浮気を疑われるからだ』などと言えるはずもない。
リンカは不思議そうな顔をしていたが、それ以上追及してくることはなかった。
「ふーん?」
ただ、納得している様子でもなかったが。
そんな彼女の視線から逃れるように、僕はベッドの脇に置かれた服へ目を向けた。
とにかく今は、一刻も早くニーナのもとへ向かわなければならない。
余計な説明をしている時間などなかった。




