リンカの思惑
「動揺するも何も……お前は形式上の愛人だ。本音で付き合っているわけじゃない。なのにどうして僕が動揺しなければならないんだ?」
淡々と、セルディオから言葉を返される。
それは確かにそうなんだけど!
あまりにも冷たいセリフに、あなたには少しもアタシに対する情ってものはないわけ!? と、思わず叫びそうになった。
でも……そうね。奥様が見ていない場所では冷酷とも言える態度をとるセルディオが、そんなもの持ち合わせているわけはないのよね。
彼にとってアタシは、奥様を傷つけるために必要なものでしかないんだから。
でも──でもね、アタシは生きてる人間なんだから、ちゃんと感情があるのよ? それに、あなたが思っているほど馬鹿でもないんですからね。
セルディオが口をつけた紅茶を見つめながら、アタシは密かに口元を緩める。
そんなアタシの考えを全く知らない彼は、濡れて垂れ下がった前髪を、面倒くさそうに掻き上げた。濡れた髪と無造作な仕草が妙に絵になっていて、思わず視線を逸らしそうになる。──いや、待って。こんな眼福を自分から手放すなんてもったいない。
せっかくだから心行くまでお風呂上がりのセルディオを堪能しようと目を見開いた、その時だった。
彼はなんの前触れもなく、とん──と机に人差し指をついた。
「……仕方がない。辺境のじじいの代わりに、僕がお前を買ってやる。お前にはまだ利用価値があるし、愛人を次々に変えるのも体裁が良くないからな。妻への愛情は薄れたが、愛人に対しては一途……という路線で今後はいくことにする。……お前もそれで構わないな?」
「もちろんよ!」
利用価値だのなんだの言われた気はするけれど、そんなことはどうでもいい。
願ってもない提案に、アタシは立ち上がってセルディオに抱きついた。
「おい……。鬱陶しいぞ」
それを再び引き剥がされ、しっしと犬のように追い払われる。それから、用は済んだだろうと言わんばかりに、部屋から追い出されそうになった。
「僕は今日、これから妻と……いや、まだ用事があるんだ。あまり君に付き合っている暇はない」
セルディオは咳払いで誤魔化したけれど、アタシは彼が言おうとしたことを聞き逃さなかった。
『これから妻と』
彼は確かにそう言った。
その言葉に、思わず目を瞬かせる。
もしかして──。
二人は不仲なんじゃなかったの? なのにどうして、そんなことになってるの?
焦ったアタシは、全力でセルディオの腕にしがみついた。
「いや! 紅茶を飲み終わるまでは帰らない!」
「はあ!? 一体それはどういう我が儘なんだ! 馬鹿なことを言っていないで、早く帰れ!」
「だったら紅茶の一杯ぐらい、一緒に飲んでくれてもいいでしょう!?」
何度引き剥がされてもめげずにしがみつき、意地でも帰らないという意思表示をする。
「帰れ!」
「いや!」
そうして何度も言い合いを続けるうち、このままでは時間を無駄にするだけだと気づいたのだろう。セルディオは疲れた顔をして紅茶のカップを手にすると、一気に飲み干した。
「さあ、これで僕は紅茶を飲み終わったぞ。後はお前だけだ。紅茶を飲み終えたら、さっさと帰れよ……」
「はぁ~い」
アタシは猫を被った声で返事をする。
さて、アタシが紅茶を飲み終える頃には……。
セルディオの理性、どうなっちゃってるかしらね? ……ふふっ。




