セルディオの諦念とリンカの動揺
湯浴みを済ませ、夫婦の寝室へと向かう道すがら──。
「旦那様、失礼致します!」
背後から、不意にメイドに呼び止められた。
「……なんだ?」
せっかく今から、久々の夫婦の時間が持てるというのに。それを邪魔するとは、なんとも空気の読めないメイドだ。
適当にあしらって下がらせようとした僕は、しかし次の瞬間、メイドの口から語られた内容に耳を疑った。
「は……? リンカがここへ来ただって……? こんな時間に?」
思わず眉をひそめる。
あくまでも、彼女は公の場でニーナに嫉妬させるためだけの駒でしかない。だから、普段の生活には決して踏み込んでこないよう言い聞かせていたというのに。
それがどうして屋敷までやってきたんだ?
何か余程のことがあったのだろうか。
しばらく考え、ため息を一つ吐く。
今はリンカの相手をする気分ではない。だが来てしまった以上、仕方がないだろう。
「妻には、しばらく部屋で待つよう伝えろ」
少し話を聞くぐらい、大して時間はかからない。
彼女の話を聞くため、僕は仕方なくリンカの待つ応接室へと足を向けた。
その選択を、後に何度も悔いることになるとは知らずに──。
⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎
バタン──と応接室の扉が開き、セルディオが入ってくる。
アタシは座っていたソファから立ち上がると、駆け寄って彼の首に抱きついた。
「あ~ん、セルディオぉ! 聞いて、うちの両親ったら酷いのぉ!」
けれどセルディオは、迷惑そうに眉をしかめながら、アタシの腕を外しにかかる。
本当に、奥様の目がないところでは素っ気ない男。
なのに奥様の前では、今にもアタシに夢中みたいな顔をしてみせる。
まったく、よくそこまで演技ができるものだわ。
それでも彼の顔を見ると嬉しくなってしまう自分がいて、我ながら救いようがない。
「……で? 何が酷いというんだ?」
セルディオは紅茶に口をつけながら、事務的に話を促してくる。
せめて少しくらい心配してくれてもいいのに。
そんな言葉を飲み込んで、アタシは小さく頬を膨らませた。
「実は……お父様の借金を返済するために、辺境のじじいとの結婚を強要されているの」
「そうか……。なるほど」
「なるほどって……動揺してくれないの!?」
あまりにも冷静に返されすぎて、逆にアタシの方が動揺してしまう。
アタシはセルディオの“愛人”なのに。
世間では、奥様よりも愛されている女だと噂されているのに。
そのアタシが、借金のかたに見知らぬ男へ嫁がされようとしているのよ?
なのにどうして、そんな平然としていられるの?
──少しくらい、引き留めてくれてもいいじゃない。




