諦めたくない
「ですがもし、ご懐妊のせいで、奥様のご病気が悪化するようなことにでもなったら……!」
そこでリシテアは言葉を詰まらせた。
強く握り締められた拳が、小刻みに震えている。
「私は……私は、そのようなことになってほしくありません」
掠れた声だった。
怒っているわけではない。ただ必死に堪えているのだと分かる声。
「お世継ぎが大事なのも、旦那様とのお子が欲しいというお気持ちも分かります。ですが、それで奥様のお身体を犠牲になさるなど……」
とうとう耐え切れなくなったのか、リシテアはぎゅっと唇を噛み締めた。
「そんなの、私は嫌です」
「リシテア……」
言い切った彼女の言葉に、胸が温かくなる。
彼女がいるから、私は今までやってこられた。彼女がいるから、セルディオ様に冷遇されても耐えられた。
彼女がいるから……どんなに辛い思いをしようとも、子供を産む選択ができる。
尤もその選択は、リシテアが一番望まないものかもしれないけれど。
「奥様がいなくなってしまわれたら、私は……」
彼女はその先を言うことはできなかった。
代わりに俯いた肩が、わずかに震える。
私のことを、本気で心配してくれているのだ。
その事実が胸に染みて、思わず薬包を握る手に力が入った。
「ありがとう、リシテア」
静かにそう告げると、彼女は弾かれたように顔を上げた。
何かを期待しているかのように光る瞳に、申し訳なさが募る。
「でもね。それでも私は、諦めたくないの」
たとえ僅かな可能性でも。
セルディオ様との未来を諦めなくて済むのなら。
もう少しだけ、頑張ってみたかった。
「奥様……うぅっ……」
堪えきれず、泣き出してしまったリシテアに、私は優しい瞳を向ける。
少し前までは、私の方が泣き虫だった。私ばかりがリシテアに甘やかされて、慰めてもらっていた。
けれど今は違う。
皮肉にも、病気を患ってから私は強くなった。強くならざるを得なかった。
“可哀想な私”を演じて生きていくのは、性に合わない気がしたから。
「でも、どんなに強くなっても、心が傷つかないわけじゃないのよね……」
最初は自分の心を守るために強くなろうとした。
セルディオ様に冷たくされた痛みから心を守るため、彼がリンカ嬢に向ける優しさから目を逸らすため、心を強く持って、次期公爵夫人として相応しく、その場に立ち続けようとした。
けれど、それは決して痛みを感じなくなったということではなかった。
傷つかないようになったわけでも。
悲しくなくなったわけでもない。
ただ、人前で泣かなくなっただけだ。
涙を堪える術を覚えただけ。
胸を刺すような痛みを感じても、何事もない顔で微笑む方法を身につけただけだった。
「奥様……」
リシテアが心配そうに私を見つめる。
私は小さく微笑み、窓の外へ視線を向けた。




