残された時間
「侍女の無礼を許してほしければ、今日はそのつもりで閨にこい」
セルディオ様はそう言って、部屋から出て行った。
後に残された私に、リシテアが泣き出しそうな顔をする。
「奥様……! 旦那様は本気です。私のことなんて気にしないで、どうかご自分のお身体を優先してください」
けれど、私は首を横に振った。
そんなこと、できるわけがない。
いくらリシテアが私付きの侍女だとはいえ、雇い主はセルディオ様だ。彼の機嫌を損ねた今、どんな処分を下されるのか分からない。
だから、受け入れるわけにはいかなかった。
「駄目よリシテア。貴女は私の大切な人なの。そんなこと、見過ごせるはずがないでしょう?」
「ですが……! 奥様のお身体は、夫婦の営みに耐えられるような状態では……」
言葉の途中で、リシテアが唇を噛んだ。
反対したところで、私の決意が変わらないことを雰囲気から感じ取ったのだろう。
私の心臓は、普段の生活を送る分にはさほど問題はないと診断を受けている。けれど、激しい運動をしたり、精神的な負担で鼓動が速くなったりすると、一気に病が進行する可能性があると。
だからこそ、セルディオ様との子供が欲しいと思いつつ、少しでも長く生きることを念頭に、静養を続けてきた。けれどリシテアを守るためなら、その努力を無駄にすることになったとしても構わない。
私が体調不良であることは、公爵家のお抱え医師様も認めてくれている。でなければ、営みを拒否することを、セルディオ様が認めて下さることはなかった。
ただ、私が心臓を患っているということに、お抱え医師もセルディオ様も気づかないでいるだけで。
──だからこそ、隠し通さなければならない。
「私が最後まで隠し通せば、それで済むことだもの」
自分に言い聞かせるかのように呟く。
私の病気が見つかったのは、幸運だった──とシルに言われた。
本来であれば、心臓の病気はとても見つかりにくく、何度検査を重ねても発覚しないことが多いのだとか。
それが運良く見つかったのは、単純に私の運が良かっただけではなく、訪ねた医院の医師が元王宮医のトップだったことも関係している。
「もし他の医院に行ってたら、ただお腹を壊しただけって言われて終わりだったかもしれねぇな」
なんて冗談めかして笑われた。
実際のところ、それで終わっていた方が幸せだったのかもしれない。こんなにも長い間セルディオ様との閨を拒否し、辛い思いをしなくても済んだのかもしれない。
だけど──自分の死期を知って、それまでを大切に生きるのと、何も知らずに生き急いでしまうことは違うから。
病気にかかってしまったことは不運としか言いようがないけれど。それが発覚したことだけは、幸運と言えるかもしれない。
自分に残された時間を知れたから。
その限られた時間を、大切な人のために使えるのだから。




