父の優しさ
私がセルディオと初めて出逢ったのは、学園の中庭でのことだった。
これがまた物語のような始まり方で、今思い出しても笑ってしまうのだけれど、なんと、突然の強風によって飛ばされてしまった私のハンカチを、うまく掴んで渡してくれたのが彼──という出逢いだったのだ。
それまでセルディオの存在を全く知らなかった私は、彼を一目見るなり恋に落ちてしまった。
まさか自分が誰かに一目惚れする日が来るなんて考えたこともなかったし、恋愛感情についても、どんなものなのか全く分かっていなかった私は、どうして急に心臓が高鳴ったのか──とか、どんどん顔が熱くなるのはどうしてなのか──とか、最初は混乱してしまったけれど。
屋敷に帰って侍女のリシテアに話を聞けば、「お嬢様、それは“恋”です」と、もの凄く真剣な表情で言われた。
それからの私は、まず彼が何処の誰であるかを調べることにし、その素性を知った時──自分の想いが決して報われないものであることを同時に知った。
何故なら彼の正体は“ノヴェント公爵家の嫡男セルディオ”という、高貴の中の高貴、馬で言えばサラブレッドの中のサラブレッド的な立場の人だったからだ。
「しがない子爵家の長女である私と彼が釣り合うはずなんてないわ……」
自分の家と彼の家との家格の落差に、私は絶望した。
よりによって、なんで公爵家の嫡男なんて人を好きになってしまったんだろう……。
自分の運の悪さにガックリと肩を落とし、だからといって一度好きになってしまった以上、その感情をすぐに捨てることもできなくて。
叶うことのない恋の辛さと、爵位の差によるどうしようもない社会的壁の厚さに、それから私は何日も枕を濡らした。
そんな私をリシテアや両親はとても心配してくれたけれど、私やリシテアは勿論のこと、両親でさえも相手が公爵家の嫡男とあってはどうすることもできず。
「ニーナ……無力な私達を許しておくれ……」
そう謝罪してくる父に、こちらが逆に申し訳なくなってしまった。
「いいえ、私の方こそ雲の上の方を好きになってしまって……そのせいでお父様達にご心配をおかけする羽目になってしまい、大変申し訳ございません……」
涙を堪えて深く頭を下げると、それに応える父の声は、優しさに満ち溢れていた。
「いや、良いのだ。恋愛感情というものは、自分で制御できるものではない。制御できるとしたら、それは……偽りの感情だということになる。巷で騒がれている“真実の愛”などと言うつもりはないが、私はお前が真の恋愛感情を知ることができて、それはそれで良かったと思っているよ」




