必要ない
「すまない……」
とても小さく、苦しげな声だった。
「君に痛い思いをさせるつもりではなかったんだ。だが、君が“僕と一緒に居たくない”などと口にするから……っ」
「違います!」
咄嗟に私は、セルディオ様の言葉を否定した。
彼と一緒に居たくないわけじゃない。むしろ、できることなら一緒に居たい。
ただ、彼がリンカ様と一緒にいる姿を見ていたくないだけで──。
「違う? ならば先ほどの言葉はどういう意味だったんだ? 僕と同じ夜会会場に居たくなかったという言葉は……あれはどういうつもりで?」
「それは……」
喉の奥で、また言葉がつかえた。
本当は、言ってしまいたかった。ずっと胸の奥に押し込めてきた想いを。
セルディオ様が、別の女性に向ける優しい眼差しを見ているのが苦しかったと。
彼の隣に立つのが自分ではないと思い知らされるのが、たまらなく辛かったのだと。
けれど、その本音を口にしてしまえば、自分がどれほど惨めな思いを抱えているのかまで知られてしまいそうで。
「……答えられないのか?」
セルディオ様の声が低く落ちる。
答えられないわけじゃなかった。ただ、なんて言えばいいのかが分からなかった。
妻として口にしていいものなのか。
口にしたところで、何かが変わるものなのか。
「……でしょう?」
だからつい、また余計なことを言ってしまった。
本音を誤魔化したいという気持ちと、押さえ込んでいた嫉妬が綯い交ぜになって。
「だって私が居なくとも、貴方の隣にはリンカ様がいらっしゃるでしょう?」
その言葉を放った刹那、しまったと思ったが遅かった。
こんなことを言いたかったわけじゃない。責めたいわけでも、困らせたいわけでもなかったのに。
室内に静寂が満ちる。
返ってくるはずの言葉はなく、重苦しい沈黙だけが流れていく。
セルディオ様が怒っているのか、呆れているのか──。
怖くて顔を上げられない私は、知ることができなくて。
強く目を閉じ、叱責に備える。けれど──次の瞬間、私は彼に抱きしめられた。
「ニーナ! 今の言葉は嫉妬なのか? 君は昨日、リンカに嫉妬して夜会会場を出て行ったのか?」
「えっと、それは……」
素直に返事をしていいものかどうか、迷う。
嫉妬していた──などと認めてしまっていいのだろうか。
そんな感情を抱いていたと知られれば、きっと呆れられてしまう。
みっともない女だと、思われてしまうかもしれない。
だから私は、こう言葉を継いだ。
「ただ、私はあの場に必要ないのだと……そう思っただけですわ」




