最悪な一言
「……どうぞお入りになって。大したおもてなしは出来ないと思いますが……」
つい舞い上がってしまいそうになる気持ちを抑え込み、冷静な態度でセルディオ様を室内に招き入れる。
いきなり頬を打たれた時はどうしようかと思ったけれど、彼は自分の非を認め、こうして謝りに来てくれた。
それが嬉しくて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
最近は顔を合わせても必要最低限の会話しかなかった。
こうして彼が自ら私の部屋を訪ねてくれたのは、一体いつぶりだろう。
「リシテア、セルディオ様にお茶を──」
言いかけた所で、彼がそれを遮った。
「茶はいらない。代わりに冷たい水と氷を持ってきてくれ」
そう言うが早いか、自らは私の傍らへと腰を下ろす。
それから、優しい手つきで私の左頬にそっと濡れタオルを当ててきた。
「先ほどはすまなかった……」
後悔の滲む声で言い、セルディオ様は表情を歪ませる。
「君が僕に何も言わずに外泊したことなんてなかったから、気が動転してしまって……。昨日の夜会でもそうだ。いつもなら僕に何かしら一言残していくのに、何も言わずにいなくなってしまったから……」
「それは、あの……。急に体調が悪くなってしまって……」
説明するなら今だ──と思った。
けれどセルディオ様は私のセリフに被せるように、言葉を続けていく。
「じゃあ、何も言わずに庭園に出て行ってしまったのはどうしてだい? そういう時も、いつもはきちんと言ってくれていただろう?」
「それ……は……」
急に言葉が継げなくなった。
まさか『貴方とリンカ様が一緒にいるのを見ているのが嫌だったから』などという幼稚なセリフが言えるはずもない。
この場合、なんと言うのが正解なのか──考えていると、左頬に当てられたタオルを押さえるセルディオ様の指先に、わずかに力がこもった。
「ニーナ……理由が言えないのか?」
冷静を装ってはいるものの、その声には抑えきれない苛立ちが含まれている。
このままではいけない──。
そう思うも、うまい言い訳が思いつかなくて。
沈黙が長引くほど、セルディオ様の視線は鋭さを増していく。
何か言わなければ。
焦った私は──最悪な一言を口にした。
「私はただ……あれ以上あの場所に居たくなかっただけです」
「……っ!」
刹那、頬に当てられていたタオルごと、セルディオ様の手に強い力がこもった。
「いたっ……!」
冷えた布越しとは思えない痛みに、思わず悲鳴のような声が漏れる。
すると彼は、ハッと我に返ったように手を離した。
支えを失ったタオルが、べちゃりと湿った音を立てて床へ落ちる。
セルディオ様はそのタオルと私の顔を見比べると、苦しげに唇を噛み締めた。




