痛み
「奥様が……奥様が戻られました!」
瞬く間に伝令が屋敷中を駆け巡っていく。
そのあまりの慌ただしさに、私は半ば呆気にとられながら皆に心配をかけてしまったことを申し訳なく思った。
セルディオ様も──きっと私を心配してくださっている。顔を見たらまず謝ろう。それから──。
「ニーナ!」
不意に、よく知る声が響いた。
顔を上げれば、階段の上に息を切らしたセルディオ様の姿があって。
「セルディオ様……!」
胸の奥がじわりと熱くなる。
私が階段を駆け上がろうとするのと同時に、彼もまた私へ向かって駆け下りてきた。
一日。
たった一日離れていただけなのに、とても長く感じた。
もう大丈夫だと。心配をかけてしまったけれど、きっと許してくださると。
そう信じて、私は彼の胸へ飛び込もうとして──。
パンッ!
乾いた音がホールに響いた。
次の瞬間、左頬に焼けつくような痛みが走る。
「え……?」
何が起きたのか分からなかった。
ただ、叩かれたのだと理解するより先に、ぐらりと視界が揺れて。
目の前には、振り抜いたままのセルディオ様の手があった。
「奥様!」
リシテアが、泣き声とも叫び声ともつかぬ声を上げながら、背後から階段を駆け上がってくる。
「ど……して……?」
信じられない思いのまま、そっと痛む左頬に手をやった。
じんじんと熱を持った頬が、現実だと告げている。
私は今……セルディオ様にぶたれたの?
その場で呆然としていると、頭上から冷たい声が降ってきた。
「屋敷の者達がどれだけ心配したと思っているんだ? それなのに、連絡もなしにのこのこと……少しは反省している姿を見せたらどうなんだ」
「申し訳……ありません……」
反射的に謝罪の言葉がこぼれ落ちた。
私が悪いのだろうか。
連絡もせずに屋敷へ戻ったから。
リシテアだけに、手紙を届けさせたから。
確かに、皆に心配をかけてしまった。それは申し訳なかったと思う。けれど──。
どうしたら良かったのだろう。
病気のことは隠し通すと心に誓った。だから手紙を書こうにも、何を書けば良いのか分からなかった。
今なら分かる。『体調を崩し、医師の下で療養している』と伝えれば良かったのだと。けれど、あの時の私は混乱していて、そんな簡単なことさえ思いつかなかった。
それでも。
それでも私は、退院の許可が出るなり真っ先に帰ってきたのだ。
一刻も早く安心してほしくて。
心配をかけたことを謝りたくて。
皆の顔が見たくて。
なのに──。
なぜ叩かれなければならないのだろう。
頬の痛みよりも。
胸の奥で何かがひび割れる音の方が、ずっと大きく響いていた。




