リシテアの心配
どうしよう……。
私は小さなバッグを一つ持ち、部屋の外の様子を窺っていた。
バッグの中にあるのは、主人であるニーナ様の替えの服一式。これを早く届けなければいけないのに。
部屋の外は大騒ぎで、とてもこっそり出て行く隙などない。どうしたらいいのかと、私は途方に暮れた。
「奥様……」
寝不足で腫れた目を擦り、ずるずるとその場に座りこむ。
昨晩、旦那様が帰宅された時に、奥様が一緒ではないと知って血の気が引いた。
「奥様はどこに!?」
と問えば、「それを知りたいのは僕の方だ!」と言って振り払われて。
奥様捜索のために馬車を夜会会場へとって返させようとしても、「そのような命令は承っておりません」と御者にすげなく突き放された。
どうして? 旦那様は奥様のことが心配じゃないの?
信じられない──という思いで旦那様を見ると、彼は既に屋敷に向かって歩いていた。
「奥様は心臓を患っているのですよ!」
と後ろ姿に向かって叫んでやりたかった。
身体を悪くしている奥様を探しもせず、自分だけ屋敷に帰ってくるなんて。
こんな旦那、奥様の方から捨ててやればいいのに!
そう思うも、奥様がどれだけ旦那様のことを好いているかを知っている私には、どうすることもできない。せいぜい心の中で悪態を吐くだけだ。
ただ、旦那様が仰った「扉の鍵はしっかり掛けておけ。僕に何も言わず、勝手にいなくなったんだ。妻にはしっかり反省させなければならないからな」という言葉を聞いた時には、張り倒しそうになったが。奥様が愛している方だからと、私は必死に拳を握りしめて耐えた。
「リシテアさん……」
そんな私に、旦那様付きの従者が控え目に声をかけてくる。
「なに!?」
苛立ちを隠さずに返事をすると、彼は申し訳なさげにこう言った。
「これでも私達は、奥様を待って一番最後に夜会会場を後にしてきたのです。旦那様は、最後まで奥様を探していらっしゃいました。ですからどうか、そのように旦那様を睨まないで差し上げてください」
「そんなこと言われても……」
だから何だって言うの? 心配だったら帰って来ずに、夜を徹して探しなさいよ!
そう思わずにはいられなかった。
だって奥様は病人なのだ。ただの家出ではない。
それなのに旦那様は、まるで駄々をこねる子供を相手にしているかのような口ぶりだった。
これで万が一奥様が夜中に屋敷に戻ってきたとして、鍵が閉まっていたとしたら? 一晩中屋敷の中に入れず、外で凍えていたとしたら?
そんなこと、させられるわけがない!
その時私は奥様の帰りを待つため、夜を徹して扉の番をすることに決めた。
たとえ旦那様に叱られたとしても、それだけは譲れなかった。




