セルディオの不満
ニーナがいない──。
リンカとのダンスを終え、会場を見回せば、妻の姿はどこにもなかった。
......なぜだ。
先ほど、会場へ戻れと伝えたはずだった。なのにどうして戻っていない?
「奥様だったら、どっかその辺に紛れてるのかもよ?」
無邪気な顔でリンカが言うが、僕にはそうは思えない。
なぜなら、僕がニーナを見逃すなど絶対にあり得ないのだから。ニーナであれば、この会場内のどこにいようが、一発で見つけられる自信がある。
なのに、いないということは──。
胸の奥で、じわりと苛立ちが膨らむ。
こんな事は、今まで一度もなかった。彼女はいつも従順で、僕がそうしろと言えばそうするし、待てと言えば待つ。少なくとも、自分の判断で僕の意思を無視するようなことはなかった。
だというのに、どうして今回だけ──。
リンカともう一度ダンスを踊るというだけでは足りない。その姿をニーナの目の前で見せつけ、嫉妬に顔を歪ませる様子を眺めてやろうと思っていた。僕を愛しているのなら、きっと面白い反応を見せるはずだと。
だが、これでは効果が半減だ。何も面白くはない。
「……おい、妻はどうした?」
会場内に戻っていた従者へ問いかける。すると彼は、わずかに肩を震わせながらこう答えた。
「奥様でしたら、すぐに自分も戻るからと仰って、私を先に──」
「何だと!?」
その瞬間、頭に血が上った。
妻を連れて戻れと言ったのに、置いてきただと?
なぜ勝手にそんなことを……。
しかも、ニーナもニーナだ。
従者を先に帰し、自分は残るなど。誰がそんな勝手を許した。僕の言葉に従うのは当然のことなのに。
胸の内で、怒りが一気に膨れ上がる。
その時の僕は、もはや周囲の視線など気にしていられなかった。
「何をやっている! 早く妻を連れ戻せっ!」
「は、はいいぃぃぃっ!」
僕の怒鳴り声に怯えた従者が、慌てて会場を飛び出していく。
その背中を睨みつけながら、僕は苛立ちを噛み殺した。
あの男は……戻ったら降格だな。従僕からやり直させる必要がある。主人の命令ひとつ満足に遂行できない従者など不要だ。
そもそも、ニーナをあの場に残した時点で失格だった。僕の従者であるならば、僕が普段どれほどニーナを大事にしているかを知っていてしかるべきなのに。
あんな肌寒い庭園にニーナを一人置き去りにするなんて。万が一風邪でも引いたらどうする。どこぞの男に言い寄られでもしたら。
少し考えれば分かることだろうに。
「……ったく、本当に分かってない……」
ぶつぶつと不満を漏らしながら、僕は果実水を一気に煽った。




