リンカの幸福
「何をやっている! 早く妻を連れ戻せっ!」
「は、はいいぃぃぃっ!」
セルディオに怒鳴られ、従者は慌てて会場から庭園へと飛び出していく。ちょっと奥様が戻るのが遅いからって、そんなに怒らなくてもいいのに。
アタシとのダンスを終えた後、得意げな顔で会場内を見回したセルディオは、一気に不満そうな表情になった。きっと会場内に奥様の姿がなかったからでしょう。せっかくアタシとのダンスを彼女に見せつけるつもりだったのに、残念ね。
まあアタシ自身は、彼と二度も一緒にダンスが踊れただけでラッキーだったけど。
王族の次に爵位が高く、本物の王子様よりも格好良いセルディオ。
彼がアタシに“愛人契約”を持ちかけて来たのは、単なる偶然からだった。
ある日、家族の食い扶持を稼ぐためにアタシが働いていたカフェに、何の前触れもなく現れたセルディオ。
彼の人外の格好良さに、店内にいるお客はもちろん、ウエイトレスとして働いているアタシ達も誰もが見惚れた。
しかも彼が格好良いのは顔だけじゃなくて、その動作一つとっても洗練された美しさがあって。もしかして神様の生まれ変わり? なんて馬鹿な考えが頭をよぎるほど、とにかく本当に格好良かった。
もしも見ていられるなら、もう一生彼だけを見つめていたい──ついそう思ってしまうほどにね。
「……ちょっと、ぼーっとしてないで仕事しなさいよね」
文字通り彼に見惚れていたアタシは、同僚にそう言われ、袖を引っ張られた。けれど逆にその手を掴み返すと、突然やってきた美形の情報を得るため、同僚に詰め寄った。
「ねぇ、あの男の人のこと知ってる? 信じられないぐらい格好良いんだけど!」
瞳をキラキラさせてそう言うと、意外にも同僚は、その男の人の素性をスラスラと教えてくれた。
「……というわけで、爵位一つとっても私達からしたら手の届かない人なのは間違いないし、奥様とも大恋愛の末に結婚したらしいから、夢は見ない方がいいわよ」
なんて、釘を刺すことも忘れずに。
だけどそんなの、何の問題にもならないわ。だって人を好きになる気持ちは自由だものね。
「うん分かった。じゃあ、オーダー取りに行ってくるね!」
同僚の言葉に適当な返事をし、アタシは彼に近づくべく早足で歩き出す。
「あ、ちょっと!」
背後で同僚が何か叫んでいたけれど、そんなのに構ってはいられなかった。だってこういうチャンスは、逃すと一生後悔するもの。
そう考えたアタシの判断は、きっと正しかったのだろう。
なぜなら、この後のアタシは人生最大の幸運を掴むことになるのだから──。




