胸の痛み
会場へ戻るきっかけが掴めず、私がベンチでぼんやりしていると、セルディオ様付きの従者がこちらへ駆け寄って来るのが見えた。
「奥様! こちらにいらっしゃったのですね。旦那様に居場所をお聞きしたのですが、イマイチ要領を得ず……。と、そんなことより旦那様が奥様を心配していらっしゃいましたよ。ですから早く会場に戻りましょう」
要領を得ず……ね。どうせ適当に説明したんでしょう。
私がいてもいなくてもどうでも良いんだという気持ちが、その言葉から伝わってくる。それに──。
「心配……ねぇ」
その一言に、乾いた笑いが漏れた。
どうせあの人は私のことなんて心配していない。今更心配するぐらいなら、さっきリンカ様だけを連れて戻ったりはしないはずだもの。
恐らくダンスを踊り終わっても私の姿が見えないから、体裁を整えるために戻って来て欲しいだけなんでしょう。
しかも、自ら迎えに来るわけじゃなく、従者に迎えを頼むだなんて。本当に心配しているのなら、自分で来るのが道理でしょうに。
その程度の手間すら、私には掛けたくないということなのね……。
その事実に少しの寂しさを覚えて、唇を噛む。
こんな思い、もう何度も味わったはずなのに。
どんなに冷遇されたところで、彼を嫌いになれない自分が愚かに思えて仕方がない。でも、それでも──学園の頃はそれで想いが叶ったから。今回ももしかしたら──という期待が拭えないのだ。
「……さ、奥様」
ベンチから立ち上がるよう、従者が手を差し出してくる。
「分かったわ。では……っ」
従者の手を掴みかけたところで、突然感じた胸の痛みに顔を歪めた。
「奥様? どうかなさいましたか?」
不自然に言葉を途切れさせた私に従者が不審げな表情をするも、咄嗟に笑顔でやり過ごす。
「どうもしないわよ?」
本当は笑顔が崩れそうだったし、息も乱れそうだったしで、満身創痍の状態だったけれど。ここでバレるわけにはいかない。
今ここで倒れれば、騒ぎになる。そうなれば夜会の主催者にも迷惑をかけてしまう。
だからせめて、一人になってからでなければ。
私は従者を笑顔の圧で黙らせると、彼には先に会場へ戻ってもらうことにした。
どうせこの状態じゃ……私は歩けないものね。
「それでは奥様、わたくしめは先に戻らせていただきますが、奥様も早くお戻りになってくださいね」
何度もこちらを振り返りながら会場へと戻って行く従者に、微笑みを浮かべて手を振って見せる。
本音では「こっちを見なくてもいいから、さっさと会場に戻りなさいよ!」──と思いつつも。
そして──ようやく従者の姿が視界から消え失せた時。
「……っはあっ、はあっ、はあっ……」
私はまるで糸が切れたかのように、胸を押さえてベンチに倒れ込んだのだった。




