嘘泣き
「な……っ!」
私は目くじらなんて立てていないわ!
思わず声を上げそうになるも、すんでのところでグッと堪える。
リンカ様が実家の資金難のせいで、学園に通えなかった事は知っていた。その代わりに貴族街でウエイトレスとして働いていた事も。
学園に通っていなければ、貴族として生きていくための教養に、足りない部分はあるかもしれない。それは認める。けれど男女の距離感なんて学園では当然ながら教わらないし、働いていたお店が貴族街にあったのなら、そういった最低限の常識は身についたはず。
なのにどうしてセルディオ様は、そんなすぐにバレるような誤魔化し方をされるのだろう。
しかも『目くじらを立てるな』なんて。私は二人の距離感に対して、何も文句を言ってはいないのに。
彼が何を考えているのか分からなくて、私がセルディオ様を見上げた途端、何故かリンカ様が「ヒッ!」と声を上げた。
「ニーナさん、ごめんなさい! 謝るからそんなに怖い顔で睨まないで!」
「え?」
どういうこと?
身に覚えのない言葉に驚いて、視線をセルディオ様からリンカ様へと移す。
すると彼女は怯えた表情で私を見つめながら、セルディオ様の腕に縋り付いた。
「あの、リンカ様──」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! ニーナさんはアタシなんかがセルディオの傍にいるのが気に入らないんですよね? 分かってるんです、セルディオは男爵令嬢のアタシなんかが傍にいていい人じゃないって……。でもだからといって、そんな怖い目で睨まなくてもいいじゃないですか。そんな風に睨みつけられたら、アタシ……」
彼女はそのままスンスンと鼻を鳴らし、セルディオ様の腕に額を擦り付けるようにして泣き始める。
え、ちょっと……。
「大丈夫だ、リンカ」
何が大丈夫なの?
明らかに嘘泣きっぽいリンカ様の頭を優しく撫でる夫の姿を見て、私は彼女の“嘘”が何の疑いもなく受け入れられている事を知った。
どうして? 今のはどう見てもリンカ様の嘘だったじゃない。
いや、嘘ですらない。そもそも私は彼女を見てすらいなかった。
なのにどうしてあなたは彼女の頭を撫でているの? それとも、そんな簡単な真実すら分からなくなってしまうほどに、あなたは彼女に盲目的な気持ちを抱いているというの?
彼女が声を上げる寸前まで、私が見つめていたのは夫であるセルディオ様だった。二人してこちらに歩いて来たときはともかくとして、それ以外の時は一度だって彼女に視線を向けた覚えはない。
その事はセルディオ様自身も分かってくれていると思っていた。
私がどんな表情をしていたのか。誰を見ていたのか。何に傷ついているのか。
一番近くにいる夫だからこそ、分かってくれているのだと。
けれどそれは、私の思い違いだったのだろうか──。




