セルディオの怒り
夜会会場にニーナの姿がないことに気づいたのは、夜会が始まってから暫くしてからの事だった。
ニーナの代わりにリンカを連れて他貴族への挨拶回りを行っていた僕は、愚かな事に、それに気づくのが遅れてしまったのだ。
「ニーナ……どこへ行ったんだ?」
そもそもニーナが黙って姿を消すこと自体がおかしい。僕に何も告げず、勝手にいなくなるなど今まで無かったことだ。
何かあったのか。それとも僕への当てつけのつもりなのか。どちらにせよ気に入らない。
「………………」
少し離れた場所に立っていた従者を無言で手招きし、ニーナの居場所を尋ねる。
しかし従者は、僕に言われて初めて気づいたとでも言いたげな表情で、慌てて周囲を見回した。
チッ、こいつ……役に立たないな。
これは減給ものだぞ──と考えつつ夜会会場全体を見渡すようにし、令嬢達の顔に視線を走らせる。だがやはり会場のどこにもニーナの姿は見当たらなかった。
「もしや、奥様は外にお出になられたのでしょうか……」
青い顔で震えながら言う従者に、「そう思うなら、さっさと探しに行けよ!」と怒鳴りつけたくなるのを、すんでのところで堪える。
このように人の多い煌びやかな夜会会場で、我を忘れて叫ぶことなど御法度だ。僕は品行方正な公爵令息として、世に名が知れ渡っているのだから。
一旦気持ちを落ち着けようと、こほん──とわざとらしい咳払いをした後、僕は従者にニーナを外へ探しに行くよう指示を出そうと口を開く。が、その瞬間──リンカに袖を引っ張られ、眉間に皺を寄せた。
「リンカ……」
「ねえセルディオ、良ければアタシ達も外へ行ってみない? ここのお庭は綺麗な薔薇がいっぱい咲いてるって、さっき挨拶回りの時に聞いたの。だからアタシ、見てみたいなって」
正直今は、薔薇なんてどうでもいい。重要なのは、ニーナが庭園にいるかどうかだけだ。
だというのに、リンカはニーナなどどうでもいいと言わんばかりに、僕の袖をぐいぐい引っ張ってくる。
「ね、セルディオ、別にいいじゃない。もしかしたら奥様も薔薇を見に外へ行ってるだけかもしれないし。それに従者さんが行くより、セルディオが直接迎えに行ってあげた方が、奥様も絶対に喜ぶよ。だから……ね?」
可愛らしく首を傾げる彼女を見ながら、僕は顎に手を当てて考える。
確かにリンカの言う通り、従者が行くより僕自身が迎えに行く方が、ニーナは喜ぶに違いないが……。
もしそれを期待してニーナが外へ出て行ったのだとしたら、彼女の思惑通りになる気がして面白くない。
そもそも、僕が迎えに行くことを当然だと思われるのも癪じゃないか? 会場を抜け出したのはニーナの方なのだから。
「セ、セルディオ様、どうされますか?」
オロオロしながら問うてくる従者に、少しの逡巡の後、僕は命令を下した。




