後悔
結婚したての頃は──とても幸せだった。
私達の結婚について、両親からの反対──特に公爵家から──は激しかったけれど、最終的にはセルディオ様が優秀すぎるが故に、彼以外に跡を継がせたくなかった現公爵様が折れる形で争いは決着した。
その際に彼が言った「ニーナと結婚できないのなら、僕はこの家を出て行きます」という言葉。私はただの脅しだと思っていたのだけれど、どうやらセルディオ様は本気で仰っていたらしく、「実は反対された時のために、僕達が住む場所を密かに探し始めていたんだよね」と言われた時には驚いてしまった。
まさか私のために、本気で彼が公爵家を捨てるつもりだったなんて。
その真剣さが公爵様にも伝わったのだろう。程なくして公爵様は、私達の結婚を許してくれた。
けれど実際のところ、理由はそれだけではなかったらしい。“こうと決めたらテコでも考えを変えない息子の性格”を知っていたからこそ折れたのだと、後に公爵様が教えてくれた。でなければ、普通は息子の脅しなんかに、公爵家の当主が屈することなどあり得ないのだと。
とにもかくにも、半分脅しのような形で私達の結婚の許しをもぎ取ったセルディオ様に、私は彼への感謝と、公爵様への申し訳なさとが混ざり合った気持ちで、こう尋ねたことがあった。
「セルディオ様、どうしてそこまで私との結婚にこだわってくださるのですか?」
子爵令嬢である私に、そこまでの価値はないのに──と震える声で尋ねると、彼は「どうしてって……。それだけ君が好きだからに決まってるだろう?」と言って、太陽のような微笑みを向けてくれた。
公爵家の跡取りという立場よりも、私自身を大事に思ってくれた彼。それがとても嬉しくて、だからこそ私は一生彼を信じてついていこうと心に決めたのだった。
それが──まだ一年半。
たった一年と半年で崩れてしまうものだったなんて、誰が予想できたというのだろう。
結婚して毎日一緒にいられるようになった今より、学園という限られた範囲内で恋人同士として過ごした時間の方が、遥かに長くて幸せだったなんて──。
「どうして、こんなことに……」
嘆いたところで現状は変わらない。
私の病気と勘違いが全ての始まりだった。
悔やんでも、後悔しても、どうにもならない私の過ち。
「あの時……」
素直に話していれば良かった。もっと早くに診察を受けに行っていれば良かった。セルディオ様と──二人で街に行けば良かった。
後悔することは数えきれないほどあるけれど、そのどれか一つとして、今後一生叶えられる事はない。
できることはただ、目の前の冷たい現実を受け入れることだけ。
それでも心は受け入れきれず、何度も同じ後悔を繰り返してしまう。
もしあの日に戻れたなら。
もし一つだけでもやり直せるなら。
「セルディオ様……胸が、痛いです……」
その痛みは心痛によるものなのか、病気によるものなのか。はたまたそのどちらもが原因であるのか。
私には分からなかったけれど、ただ一つ分かるのは、その痛みを誰にも打ち明けられないということだけだった。




