紛れもない事実
「そんな……嘘だ……」
セルディオ様の唇が、かすかに震える。
「ニ、ニーナ……今の話は嘘だよな? 性質の悪い冗談なんだろう? お前が心臓病だなんて……そんなこと……」
「嘘ではありません」
私が静かに首を横へ振ると、セルディオ様は顔を青ざめさせた。
「だ、だが……うちの専属医は、そんなこと一言も──」
焦りを滲ませたその声を遮るように、シルが静かに口を開く。
「うちの先生は、かつて王宮で侍医を務めていたほどの名医なんだ。だから、ニーナさんの病気にも気づけた」
その言葉に、セルディオ様は目を見開き、シルを見つめた。
「お前の先生が……元侍医、だと……?」
信じられない──。
そう顔に書いてあるようだった。
それも無理はない。
かつて王宮に仕えていたほどの名医が、今は町の小さな医院で診療を続けているなど、普通なら誰も信じないだろう。
「それで……長くないというのは……」
震える声で問いかけながら、セルディオ様は縋るような目で私を見つめる。
私は小さく頷き、静かに答えた。
「分からないわ。ただ……もう、あまり時間は残されていない気がするの。自分の身体だから……何となく分かるのよ」
「そ、そんな……」
セルディオ様は力なく呟くと、その場に立ち尽くした。
あまりにも突然の告白に、頭が追いついていないのだろう。
青ざめた顔のまま額を押さえ、何か打開策はないのかと必死に考えているようだった。
けれど──。
もう、何をしても手遅れなのだ。
その現実だけは、誰にも変えられなかった。
「だから私は、あなたとの閨を拒み、密かに治療へ通い続けていました。ほんのわずかな奇跡を信じて……」
「……っ!」
『奇跡』という言葉に、セルディオ様がはっと息を呑んだ。
その瞳に、一瞬だけ希望の光が宿る。
きっと彼は、その言葉に縋ろうとしたのだろう。
けれど私は、その希望を打ち消すように、ゆっくりと首を横へ振った。
「だけど私には、奇跡は起こりませんでした。それどころか……」
その先を口にしようとして、躊躇う。
病状が悪化した原因は、本当にセルディオ様のせいだけだったのだろうか。
もしかしたら、避けられなかった結果だったのかもしれない。
そう思うと、それを彼の責任であるかのように告げることは、どうしてもできなかった。
すると、その沈黙を破るようにリシテアが一歩前へ出た。
「旦那様のせいです。奥様のご病気が悪化したのは」
「リシテア!」
思わず名前を呼ぶ。
けれど、リシテアは首を横に振った。
「先生はおっしゃっていました。強い衝撃や悲しみは、奥様のお身体に大きな負担を与えると。それなのに旦那様は、奥様を冷遇し、リンカ様を屋敷へ迎え入れ、毎日のように心を傷つけ続けたのです」
リシテアの瞳には、今にも涙が溢れそうになっていた。
「その積み重ねが、奥様のお身体を弱らせたのです。寿命まで縮めてしまうほどに……!」
「そ、そんなことを言われても……僕は知らなかったんだ……」
セルディオ様は苦しげに顔を歪める。
しかし、シルがそこに容赦なく言葉を重ねた。
「知らなかったで済む話じゃない!」
幼い声とは思えないほど鋭い怒声が部屋に響く。
「あんたがニーナさんにしてきたことは、見方によっては虐待だ! 毎日心を傷つけられて、それでも笑って耐えて……そんな生活を続けていたら、身体まで壊れるのは当たり前じゃないか!」
「うっ……」
二人から向けられる痛烈な言葉に、セルディオ様は返す言葉を失った。
虐待だったのかどうかは分からない。
けれど、少なくとも周囲にはそう見えてしまうほど、私は傷つけられていた。
セルディオ様の冷たい態度に心を抉られ、リンカ様の言葉に何度も涙を流した。
その苦しみだけは、紛れもない事実だった。




