結婚準備
今はまだ、それで十分だと思っていた。
学園生活はまだあと一年あるのだし──と。
けれどそれでは遅かったのかもしれない。
なぜなら普通、貴族の結婚準備はおよそ一年ほどの期間をかけて行われるものなのに対し、私とセルディオ様はまだお互いの口約束しかしていないから。本気で学園卒業と同時に婚姻関係を結ぼうと思うなら、今頃は既に準備に取り掛かっていなければおかしいはずなのに。
そんなことにも気づいていなかったなんて──自分の愚かさにため息が漏れる。
今この時に父が縁談を持ってきたのも、恐らくこれが理由なのだろう。
だとしたら、当然セルディオ様にも縁談の話はいくつも舞い込んでいるに違いなくて。
「どうしたらいいのかしら……」
今更ながら、私は内心で頭を抱えた。
セルディオ様のことだ。うまく縁談を断ってくれているとは思うけれど、両親に強制されたら嫌とは言えないかもしれない。家の中での立場がないも同然の私とは違い、彼は歴とした公爵家の嫡男なのだから。
『学園卒業と同時に結婚できたらいいね』
なんて呑気に話していた自分が、馬鹿みたいに思えてくる。
あまりにも幸せすぎて、現実が見えていなかった。恋愛脳でお花畑を駆け回りすぎて、彼の立場を軽いものと勘違いしていた。貴族同士の結婚は、そんなに簡単なものじゃなかったのに。
「明日会ったら、すぐにセルディオ様と話をしないと……」
本当は、今すぐにでもノヴェント公爵家へ行って、彼と話をしたい。けれど流石にそんな礼儀知らずなことはできないため、そこは堪える。
いずれ彼と結婚するつもりであるのなら、ノヴェント公爵夫妻には少しでも良い印象を持ってもらいたいから。
「ニーナ」
そこで不意に父から名前を呼ばれた。
「何でしょうか?」
そういえば、まだ父の執務室にいたんだったと思いながら返事をする。これ以上、面倒なことを言われなければいいけれど。
すると、そんな私の気持ちが伝わったのか、父は一つため息を吐くと、諦めの混じった顔でこう言った。
「男爵家との縁談については、向こうが話を取り下げてくるまでは一応保留ということにしておく。お前が本当にノヴェント公爵令息と結婚したいのであれば、あちらの両親の了解を取り付け、その上で私に話を持ってきなさい。私が二人の結婚を認めたところで公爵家に突っぱねられれば、お前達の婚姻など到底不可能なのだから。……分かったね?」
「はい、分かりました」
殊勝な態度で返事をしながら、私は内心で「やったー!」と大はしゃぎしていた。
これってつまり、セルディオ様のご両親さえ私達の結婚に頷いてくれれば、後は何の問題もなく結婚できるということなのよね?




