感じた恐怖
セルディオ様と向き合うことを決めた数日後──。
私はリシテアとシルを伴い、公爵家を訪れた。
「奥様、お帰りなさいませ!」
屋敷中の使用人たちが列をなし、私達を出迎えてくれる。
一年半以上も前に屋敷を出たというのに、いまだこうして私を迎えてくれるなんて。
嬉しい反面、申し訳なさも込み上げてきて、私は控えめに「ありがとう」と皆へ告げた。
そして──。
「お帰り、ニーナ。よく戻ってきてくれたね」
玄関ホールでは、以前にも増して痩せ細ったセルディオ様が、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「あの、セルディオ様。私は──」
帰ってきたわけではない。
そう言おうとしたのだけれど、その言葉は見事に遮られてしまう。
「ごめんよ、ニーナ。一刻も早く君を迎えに行きたかったのだけど、ここ最近、少し屋敷の中が荒れていてね。片づけるのに少々手間取ってしまった。そのせいで、こうして君の方から来てもらうことになってしまい申し訳ない。でも、本当に嬉しいよ。君が自分から僕のもとへ戻ってきてくれて」
そう言うとセルディオ様は私へと歩み寄り、車椅子に乗った私を軽々と抱き上げると、そのまま屋敷の奥へ向かって歩き出した。
「ちょっ……待てよ!」
「お待ちください!」
シルとリシテアが慌てて声を上げる。
けれど、セルディオ様の足が止まることはなかった。
「セルディオ様、違うんです。私は──」
「ニーナは何も気にする必要はないよ。今まで放置していて悪かった。これからは、今まで以上に君を大切にするから」
違うのに。
どうして話を聞いてくれないのだろう。
そういえば以前から、セルディオ様には自分の聞きたいことだけを聞き、都合よく解釈してしまうところがあった。
それでも、最低限は私の話を聞いてくれていたはずだ。
なのに今日は、ほとんど口を開かせてもらえない。
いくらなんでも、ここまで人の話を聞かない方ではなかったはずなのに……。
戸惑う私など気にも留めず、セルディオ様は早足で歩きながら、まるで独り言のように話し続ける。
「実は君に再会してから、新しく部屋を一つ増設したんだ。僕と君だけが入れる、君専用の居心地のいい部屋だよ」
「いえ、だから私はあなたと話をしに来ただけで……」
私の部屋なんて、今さら必要ない。
この人は一体、何を言っているの?
混乱しながら顔を見上げると、セルディオ様は嬉しそうに微笑んだ。
「リンカのことなら心配いらないよ。あの嘘つき女は、とっくに追い出してあるからね」
「え……」
その言葉に、私は少なからず衝撃を受けた。
あれほど仲睦まじく見えた二人が、私のいない一年半の間に、あっさり終わってしまっていたなんて。
「けれど、お二人は毎日、片時も離れずご一緒に──」
「それ、芝居だから」
あまりにもさらりと返された言葉に、私は息を呑んだ。
芝居?
芝居って、どういうことなの?
「あの……意味が分かりません」
震える声で尋ねると、セルディオ様は少し面倒くさそうに肩をすくめた。
「ニーナに嫉妬してほしくて、リンカに仲睦まじい振りをしてもらっていただけだよ。正直、僕はリンカのことなんて何とも思ってないし、むしろ必要以上にベタベタされて不快だった。しかも、そのせいでニーナに出ていかれるなんて……百害あって一利なしだったよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥から怒りが込み上げた。
セルディオ様が好きだったからこそ、私は二人の関係に悩み、傷つき、眠れない夜を何度も過ごした。
その苦しみが、私に嫉妬してほしい──ただそれだけの理由で作られたお芝居だったなんて。
胸が締めつけられる。
私がどれほど苦しんだのか、この人は本当に分かっていないの?
そんなくだらない理由で、リンカ様まで巻き込んで。
人の心を弄び、人を傷つけることを、どうしてこんなにも平然と口にできるのだろう。
以前のセルディオ様は傲慢で、自分勝手で、人の気持ちにも鈍い方だった。
それでも、ここまでではなかった。
少なくとも、自分が誰かを傷つけたと知れば、多少なりとも後悔する心はあったはずだ。
なのに今のセルディオ様には、それすら感じられない。
まるで、自分の望みさえ叶えば、他人がどれほど傷つこうと構わないと言っているようで──。
思わず背筋が寒くなった。
この一年半で、セルディオ様に一体何があったのだろう。
痩せ細った身体だけではない。
心のどこかまでも、壊れてしまったようにしか思えなかった。




