リンカの処遇
「貴様……今日が一体どんな日だか分かっていて、あのような行動を取ったのか?」
逃げ出した直後、屋敷の使用人たちに捕らえられたアタシは、公爵邸の地下にある独房のような一室で、セルディオから詰問を受けていた。
両手は後ろ手に縛られ、抵抗は封じられている。
足だけは自由だったが、とても立ち上がれる状態ではない。
これじゃあ、まるで罪人じゃない……。
到底納得できない扱いに、アタシはセルディオを鋭く睨みつけた。
だが彼は、そんな視線など意にも介さない。
「どうした? なぜ何も言わない。以前は耳障りなほど喚き散らしていたくせに。どこかに声を置き忘れてきたのか?」
嘲るような言葉に、頭へ一気に血が上る。
堪えきれず、アタシは叫んだ。
「そんなわけないでしょ! どうしてアタシがこんな目に遭わなきゃいけないのか考えてただけよ! アタシはあなたの愛人なんでしょ!? なのに、どうしてこんな場所に閉じ込められなきゃいけないの!」
アタシの訴えに、セルディオは淡々と答えた。
「お前が別邸から逃げ出したからだ」
「それは……そうかもしれないけど。でも、セルディオだって悪いじゃない! アタシを別邸へ閉じ込めて、一度も会いに来てくれなかった!」
ここで言わなければ、もう二度と話を聞いてもらえない。
そう思って必死に言い返す。
だが──。
「なぜ僕がお前に会いに行かなければならない? 契約通り、お前の生活は保障している。それ以上のことをする義理はない」
その一言で、容赦なく切り捨てられた。
「どうして……? アタシはあなたの愛人なのよ? 純潔だって捧げたし、奥様に嫉妬させるための手伝いだってしたじゃない! なのに、どうしてこんな扱いを──」
「お前の嘘のせいで、ニーナは家を出て行った」
静かな声だった。
けれど、その一言は鋭い刃のように胸へ突き刺さる。
肩が、びくりと震えた。
「ニーナがいたから、お前には価値があった。だが、ニーナがいなくなった今、お前に価値など一ミリもない」
冷酷な宣告は、それだけでは終わらない。
「純潔を失ったのも自業自得だ。むしろ次期公爵である僕を謀った罪人として、監獄送りにしてもおかしくなかった。別邸に閉じ込められただけで済んだことを感謝するんだな」
「そんな……」
絶望した。
まさかセルディオが、ここまで言い放つなんて思ってもいなかった。
たとえ別邸に閉じ込められていても、いつか彼は奥様を忘れてくれる。
その時に傍で彼を支えれば、アタシに振り向いてくれるかもしれない。
そんな僅かな希望だけを支えに、今日まで生きてきたのに──。
「価値がない……なんて……」
掠れた呟きが、震える唇から零れ落ちる。
酷い。
酷い、酷い、酷い……!
「だったら最初から夢なんて見させないでよ! 優しくなんてしないでよ! そうしたら……そうしたらアタシだって、希望なんて抱かずに済んだのに!」
涙を流しながら叫ぶ。
だがセルディオは、その涙に心を動かされることなく、冷たく言い放った。
「僕は最初から『契約』だと言っていたはずだ。勝手に期待したのは、お前の方だ」
その言葉は、アタシが最後まで縋り続けていた淡い希望を、跡形もなく打ち砕いた。
「そんな……そんなのって……」
「ともかく今は、ニーナを屋敷へ連れ戻すことが最優先だ。お前をどうするかは、その後で決める」
セルディオは淡々と言い放つ。
「だが……そうだな。屋敷に置いて、また妙なことを吹き込まれても困る。お前はしばらく、ここで大人しくしていろ」
そう言い残すと、彼は迷いなく背を向け、独房を後にしようとした。
「やっ……やだ、待って!」
咄嗟に声を張り上げる。
「こんな所にいるのは嫌! お願い、せめて別邸に戻して! もう二度と逃げ出したりしない! 絶対に逆らわないから!」
必死の懇願。
しかしセルディオは足を止めただけで、振り返ることなく冷たく告げた。
「お前のことは、もう信用できない」
「…………っ!」
その一言に息を呑んだ次の瞬間──。
重々しい音を立てて独房の扉が閉まり、続いて無情な鍵の音が地下へ響き渡る。
ガチャリ、と。
たった一つのその音が、アタシから最後の希望まで奪い去っていった。
こうして、この日を境に──。
アタシの公爵家での立場は、『愛人』から『罪人』へと変わったのだった。




