覚悟
シルの言葉で、私はようやく覚悟を決めた。
今更になってセルディオ様と向き合う決意を固め、シルにリシテアを呼んできてもらうよう頼む。
「リシテアさんを呼んで、どうするの?」
不思議そうに尋ねるシルへ、私は静かに答えた。
「どうせ遅かれ早かれ、セルディオ様はもう一度ここへ来るわ。だったら次は、私の方から公爵邸へ行こうと思うの」
セルディオ様にここへ来られては、場合によっては先生の診療の妨げになってしまう。
先生にも、シルにも、リシテアにも、私はもう十分すぎるほどお世話になった。
だからこれ以上、自分のことで迷惑をかけたくないと思ったのだ。
けれど、そんな私の思いなど知らないシルは、見る見るうちに表情を曇らせた。
「そんなの危ないよ、ニーナさん!」
思わずというように声を荒らげる。
「相手の懐に飛び込むなんて、何をされるか分からないじゃないか!」
「何をされるか分からないって……。流石に食べられたりはしないと思うけど」
苦笑しながらそう返す。
既に離縁届を置いて屋敷を出た身だ。それにセルディオ様は次期公爵。
人目のある場所で、無茶をなさるような方ではない……はず。
けれどそう説明しても、シルは納得しなかった。
「ニーナさんは楽観的すぎる!」
勢いよく立ち上がり、真っ直ぐ私を見つめる。
「もし屋敷に閉じ込められたら? 無理やり帰さないって言われたら? また傷つけられたらどうするんだよ!」
「シル……」
「俺も行く。絶対について行くから!」
「ええっ!? でもシルは先生のお手伝いがあるでしょう?」
「そんなの先生に頼めば何とかなる!」
珍しく食い気味に言い返したシルは、ふいと顔を背ける。
「……ニーナさんの一大事なんだ。俺だけ安全な場所で待ってるなんて、そんなことできるわけないだろ」
その横顔は拗ねているようにも、泣くのを堪えているようにも見えた。
私は思わず苦笑し、小さく息をつく。
「本当に心配性ね」
「心配にもなるよ」
シルはすぐに言い返す。
「だって俺、大切な人をもう二度と失いたくないから」
その言葉に、胸が熱くなる。
私は今まで、自分一人で抱え込もうとしていた。
誰にも迷惑をかけたくない。
誰にも悲しい思いをさせたくない。
そう思って、一人で終わらせようとしていた。
けれど──。
「……ありがとう、シル」
自然と笑みが零れた。
「私……間違っていたのかもしれない」
リシテアも、シルも、先生も。みんなが私を気遣ってくれるたびに、申し訳ない気持ちばかりが募っていた。
でも、それはきっと違ったのだ。
大切だからこそ心配する。それが当たり前なのだと、ようやく分かった。
「だけど、お願いがあるの」
私はシルの瞳を見つめる。
「あなたにも一緒に来てほしい。でも、一つだけ約束して」
「約束?」
「何があっても、あなたは無茶をしないこと。もしセルディオ様と私が言い争いになっても、まずは見守っていてほしいの」
「……」
シルは少しだけ唇を噛み、やがて小さく頷いた。
「……分かった。でも、ニーナさんが危ないと思ったら、その時は止めるからね」
「ええ。それでいいわ」
その返事に安堵したように笑うと、シルは勢いよく立ち上がった。
「じゃあ、リシテアさんを呼んでくる!」
そう言い残し、部屋を飛び出していく。
勢いよく閉まった扉を見つめながら、私は静かに胸へ手を当てた。
逃げるのは、もう終わり。
セルディオ様。今度こそ、あなたときちんと向き合います。
たとえ、その先に待っているのが別れだとしても──。




