刺さる言葉
「ニーナさん……もう気持ちは落ち着いた?」
私を部屋のベッドに横たえた後、シルがポツリと呟くように尋ねてくる。
さっきはシルの前だというのに、つい感情が抑えきれなくなって涙を見せてしまった。
セルディオ様のことは、もう吹っ切れたと思っていたのに。
「ええ、もう大丈夫。……それにしても、私達はまだ夫婦なのかしら……」
私は離縁届を置いて出てきた。
もしあれをセルディオ様が貴族院に提出していたら、今頃は離縁が成立しているはず。けれど私を連れ帰ろうとしたということは、まだ離縁は成立していないのだろうか?
でもどうして?
今頃はとっくにリンカとセルディオ様、二人の子供が産まれているはずだろうに。
子供がいる状況でも、元妻を離縁しないだなんて──。
「そういえば……さ」
シルが恐る恐るといった態で口を開く。
「旦那さん、妊娠は間違いだったって言っていたけど。そのせいで、まだニーナさんと離縁していないんじゃないかな?」
「そんな勝手な……!」
リンカさんの妊娠が間違いだったから、だから醜聞を恐れて私とまだ離縁していないと言うの?
もう一年半以上も姿を消したままの妻なんて、離縁せずにいたところで格好の噂の種にしかならないのに。
「俺がリシテアさんや公爵邸の使用人さん達から聞いた話や、前に見た感じでは旦那さんって凄く酷い人みたいだったけど。少なくともさっき見た旦那さんは、ニーナさんを本当に心配していたように見えたよ……」
「シル……」
「ニーナさん、本当にこのままでいいの? 旦那さんには病気のこと話してないんだよね? このまま何も言わずに死んでしまって、ニーナさんはそれでいいのかもしれないけど、旦那さんは? せっかく見つけたニーナさんを再び失う旦那さんに対して、本当に何も言わなくていいの? それって卑怯じゃないのかな」
シルの言葉が、グサリと私の胸に刺さる。
私のしていることはただの逃げであり、セルディオ様を傷つける行為だとシルは言っているのだ。
「だけど私はセルディオ様に……」
散々傷つけられたのよ──。
そう言い返そうとして、言葉が喉で止まった。
それよりも早く、シルが静かに首を振ったから。
「やられたからやり返す……そんなの、ニーナさんらしくないよ」
「……っ」
「俺が知ってるニーナさんは、誰よりも優しい人だった」
シルは真っ直ぐ私を見つめる。
「どんなに冷たくされても、人を恨まなかった。旦那さんのことだって、本当は最後まで信じ続けようとしてた」
胸が締めつけられる。
違う。
違うと言いたいのに、何も言えない。
「俺は、そんなニーナさんが好きなんだ」
不意に告げられた言葉に、思わず息を呑んだ。
「前にも行ったと思うけどさ。俺の言う好きって、恋愛とかそういう意味だけじゃないよ。大切な人として、尊敬してるって意味もある。でもさ……」
シルは少しだけ寂しそうに笑った。
「今のニーナさんは、どこか投げやりに見える」
「……」
「俺がもっと大人だったら、旦那さんから奪って、絶対幸せにしたのにって思うこともある。でも、それは叶わない」
自嘲するように笑ってから、彼はゆっくり続けた。
「だから俺は、せめて最後までニーナさんの味方でいるって決めた。でも、だからこそ言う」
一度言葉を切り、真っ直ぐ私の瞳を見据える。
「逃げるように死ぬのは、ニーナさんらしくない」
その一言が、何よりも深く胸に突き刺さった。




