春の日差し
セルディオ様のもとを離れて一年あまり──私は今も、なんとか生き永らえていた。
柔らかな微笑みと温かい態度で治療してくださる先生と、いつでも優しいリシテア。そして、私のことを大切に思ってくれるシル。
そんな三人に囲まれて、私は穏やかながら幸せな日々を過ごしていた。
最初のうちは屋敷のことが気になり、セルディオ様を思い出して胸が締めつけられる日もあった。
けれど一年という歳月は、少しずつ私の心を癒やしてくれた。
今では彼を思い出しても、あの頃のような苦しさはない。
残っているのは恋しさではなく、「あの時もっと違う選択ができていたら」という後悔だけだった。
ただ、あの頃の自分はどれほどセルディオ様に依存していたのかと、今になって恥ずかしくなる。
私は、自分から何かをしようとはしなかった。
いつだって、セルディオ様が動いてくださるのを待っていた。
だからこそ、すれ違いは大きくなってしまったのだと、今なら分かる。
彼と分かり合いたいのなら、もっと自分から歩み寄るべきだった。
伝えるべきことは、きちんと言葉にしなければならなかった。
長い時間をかけて、ようやくそのことに気づいた。
気づいた時には、もう遅かったけれど。
もしもっと早く気づけていたなら。
私たちは違う未来を歩めていたのだろうか。
そんな未来はもうないと分かっている。
それでも時折、「もしも」を考えてしまう自分がいて、思わず苦笑が漏れる。
「もう、吹っ切らなくちゃいけないのにね……」
誰にともなく呟く。
すると、不意にその言葉へ応える声が聞こえた。
「無理に吹っ切る必要はないと思うよ」
驚いて、声のした方へ視線を向ける。
そこには、真剣な表情を浮かべたシルが立っていた。
「過去のことを無理に吹っ切る必要なんてないと思うよ。ずっと後悔ばっかりして前に進めないのは駄目だけど……過去を反省して、それを今に活かせるなら、きっと無駄じゃない」
穏やかで、それでいて迷いのない声だった。
この一年で、シルは驚くほど大人びた。
街で見かける同い年くらいの子供たちが、本当に彼と同年代なのかと思ってしまうほどに。
本人は、その理由を照れもせず口にする。
――死にゆく私に、少しでも釣り合う男になって見送りたいから。
そんなことを真っすぐ言えてしまうところも、シルらしかった。
その想いが嬉しくて。
同時に、胸が締めつけられるほど苦しかった。
先の短い私を好きになったところで、彼には何も残してあげられない。
未来を約束することも。
一緒に年を重ねることも。
何ひとつ、叶えてあげられないのだから。
それでもシルは、少しも迷わず言った。
「約束なんていらないよ。俺は、ニーナさんがいてくれればそれでいい。たとえ一分でも、一秒でもいい。ニーナさんが俺の隣で笑ってくれるなら、それだけで十分幸せだから」
その言葉を聞いた瞬間、堪えていた涙が溢れた。
見返りを求めることなく、ありのままの私を受け入れてくれる優しさ。
その温もりが、セルディオ様との日々で傷つき、ひび割れてしまった私の心へ、ゆっくりと染み込んでいく。
「でも……でも私、あなたに本当に何も……してあげられないのに……」
大粒の涙を零しながら唇を噛む私の手を、シルはそっと包み込んだ。
「そう思うなら……笑って」
優しく微笑みながら、続ける。
「俺が欲しいのは、それだけだって言っただろ?」
その笑顔は、冬の寒さを忘れさせる春の日差しのように温かく、私の凍りついていた心を静かに溶かしていった。




