セルディオのやるせなさ
本当に役に立たない──。
力なく床に這いつくばるリンカを見下ろしながら、僕は心の底からそう思った。
最初はニーナの気を引くための駒として使えると思い、彼女に声をかけた。
だが、その結果はどうだ。
リンカを連れて出席した夜会では、その隙にニーナが姿を消した。
リンカと街へ出掛けて戻れば、今度はニーナが屋敷からいなくなっていた。
そして、ようやくニーナと夫婦として向き合える時間が訪れたと思えば、この女は屋敷へ押しかけ、次期公爵である僕に酒と薬を盛るという暴挙に出た。
そのせいで、数少ないニーナとの夫婦の時間を逃してしまった。
なのにこの女はそれを使って僕との既成事実を作り、愛人の座まで手に入れた。
そこまでなら、まだよかったんだ。
利用価値があるうちは、多少の失敗には目をつぶるつもりだった。
だが、今回だけは違う。
この女は、僕との子供を宿したとニーナに嘘をつき、僕と身体の関係があることまで突きつけた。
病のせいで子作りができないニーナに対して、だ。
どれほど彼女を傷つける言葉なのか、考えもしなかったのだろう。
それだけでも腹立たしいというのに、今度は僕にまで責任を押しつけてきた。
ニーナが屋敷を出ていったのは、自分ではなく僕のせいだと。
僕がニーナの気持ちを考えず、追い詰め続けたからだと。
「…………」
……確かに。
そういう部分も、なかったとは言い切れない。
学園にいた頃のニーナは、僕の一挙手一投足に一喜一憂していた。
少し他の令嬢と話しただけで拗ねて、僕が声を掛ければ、すぐに機嫌を直す。
そんな彼女を見るのが、僕は嫌いではなかった。
だが、夫婦となってからのニーナはどうだ。
どれだけ冷たくしても怒らず、嫉妬も見せず、ただ静かに笑って受け入れるばかり。
その穏やかさが、いつしか物足りなくなっていた。
だから僕は、わざと冷たく接した。
リンカを傍に置けば、昔のように嫉妬してくれると思った。
怒って、泣いて、僕だけを見てくれると思っていた。
……それが、こんな結果になるなんて思いもしなかった。
「お前さえ、あんな嘘をつかなければ……っ!」
ニーナは、あの時まだ踏みとどまってくれていたはずなんだ。
僕を見限ることなく、苦しみながらも必死に耐えてくれていた。
それなのに、この女がすべてを壊した。
ニーナの心を、完全にへし折った。
「お前が……お前があの時、この屋敷へ来なければっ! 僕に薬を盛ったりしなければ、僕は……!」
ニーナを失わずに済んだんだ──。
喉の奥で叫びが途切れる。
……違う。
本当に、それだけだったのか。
もしリンカが何もしなかったとしても、冷たく突き放し続けた僕を、ニーナはいつか見限っていたのではないか。
そんな考えが一瞬だけ脳裏をよぎる。
だが、その考えを認めてしまえば、自分が積み重ねてきた過ちまで認めることになる。
だから僕は、その声を押し潰すように奥歯を噛み締めた。
どんなにリンカへ怒りをぶつけても。
どんなに彼女を殴りつけても。
胸の奥に空いた穴は、少しも埋まらない。
晴れない。苦しい。
まるで責めるべき相手を間違えていると、心のどこかで分かっているからこそ──その怒りは行き場を失い、僕自身を焼き続けていた。




