リンカの勘違い
痛い。怖い。逃げたい──。
どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか、アタシにはさっぱり分からなかった。
だってそうでしょう?
アタシは、ほんの少し嘘をついただけ。
セルディオに愛情の裏返しで冷たくされながらも、いつまでも屋敷に居座り続ける奥様が邪魔で仕方なかった。
だから、少し背中を押してあげようと思っただけだ。
子供ができたなんて嘘だって、本当に夫婦がお互いを信じ合っていたなら、すぐに見抜ける程度のものだったはず。
それなのに奥様は、その言葉を信じて屋敷を出ていってしまった。
だからって、その責任を全部アタシに押しつけるのは違うと思う。
確かに、最後の最後で奥様の背中を押したのはアタシなのかもしれない。
だけど、その一歩で崩れてしまうほど追い詰めたのは、間違いなくセルディオ自身だ。
自分がしてきたことから目を逸らしたい気持ちは分かる。
だけど、全部アタシのせいにして、自分だけ被害者みたいな顔をするなんて、おかしいでしょう?
責めるなら、まずは自分が奥様に何をしてきたのかを思い出すべきだ。
だからアタシは、違うと言いたかったのに──。
セルディオは、アタシの話など最初から聞くつもりはなかった。
奥様を失った被害者であるかのように振る舞い、ただひたすらアタシを責め立てる。
まるで誰かを悪者にしなければ、自分の過ちと向き合えなくなるかのように。
こんなの、愛情なんかじゃない。
ただの癇癪だ。
大切なおもちゃを失った子供が、自分の非を認められず、八つ当たりしているだけ。
自分が悪いくせに、それを受け入れられなくて、責任を他人へ押しつけている。
これが未来の公爵様のすることなんだろうか──。
「とにかく、今すぐニーナのところへ行け。子供のことは嘘だったと正直に話せ。そして、あいつを連れ戻してこい」
今度は、そんな無茶な命令まで口にした。
けれどアタシは、ゆっくりと首を横に振る。
「無理よ……。奥様がどこにいるのかも分からないのに、そんなこと──きゃあっ!」
言い終えるより早く、胸ぐらを乱暴に掴み上げられた。
「口答えは許していない。お前は黙って、僕の言うことだけ聞いていればいい」
冷え切った声だった。
そこには、ほんの少しの優しさも、情もない。
なんなの……これ。
セルディオが、こんなにも横暴な人だったなんて。
そして次の瞬間、用済みになった荷物でも放り捨てるように、アタシの身体は床へ投げ出された。
痛みよりも先に、胸の奥で何かが音を立てて崩れていく。
こんなの……愛情なんかじゃない。
一度は「もしかしたら愛されているのかもしれない」と期待したこともあった。
だけど、それは全部、アタシの勘違いだった。
奥様への執着と、自分への扱い。
その違いを見比べれば、答えなんて嫌でも分かる。
セルディオにとってアタシは、最初から最後まで──都合よく利用するためだけの駒でしかなかった。




