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もしも私が死んだなら、あなたは後悔してくれますか?  作者: 迦陵れん
第三章 半年後

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セルディオの嫌悪

 ニーナの部屋の中は、しん──と静まり返っていた。


 彼女がいなくなってから、もう何度ここへ訪れただろう。


 扉を開けるたび彼女はいないと思い知らされるのに、それでも僕はここへ通うことをやめられなかった。


「ニーナ……どこにいるんだ……」


 見つけたら今度こそ、絶対に離しはしない。甘い腕の檻にとじ込めて、一生そこから逃さない。


 そしてもう二度と、彼女を悲しませたりしない。


 そう決めているのに、彼女はどこにも見つからなくて。


 日だけが無情に過ぎていく毎日だった。


「ニーナ……僕が悪かった。僕が悪かったんだ……」


 掠れた声が零れる。


「認める。全部僕が間違っていた ……。だから頼む……もう一度だけ、僕にやり直す機会をくれ……」


 返事はない。


 静まり返った部屋に、自分の声だけが虚しく響いて、そして消えていく。


 その時だった。


 僕の背後で、部屋の扉がゆっくりと開く音がした。


「……っ」


 反射的に振り返る。胸の奥に、ほんの僅かな期待を抱いて。


 しかし──。


「……あ、セルディオ。やっぱりここにいたのね」


 姿を現したのは、リンカだった。


 その瞬間、胸に灯った小さな希望が音を立てて砕け散る。


 代わりに込み上げてきたのは、煮えたぎるような怒りだった。


 僕がニーナを失うことになった──その元凶。


「お前……リンカ……お前のせいで……っ」


 気づけば、僕は足早に彼女へと歩み寄っていた。


 そして乱暴にその首を掴み、逃げられないよう壁へと押しつける。


「っ……!」


 リンカが苦しげに息を呑んだ。


「アタシの……せいじゃ……」

「まだそんなことを言うのか!」


 怒声が部屋に響く。


 至近距離で睨みつければ、リンカの顔がみるみる青ざめていった。


「僕は知っているんだ……。お前、ニーナに“子供ができた”と嘘をついたな?」


 刹那、リンカの目が大きく見開かれる。


 その反応だけで十分だった。


 胸の奥で、何かが音を立てて崩れ落ちる。


「……やっぱり、そうなんだな」


 低く漏れた声に、リンカの肩がびくりと震えた。


「ち、違……」

「違うだと?」


 怒りに震える声で問い返す。


「ニーナは、お前からその話を聞いた直後に姿を消したんだ……! それなのに、まだ嘘をつくつもりか!?」


 リンカは何も答えない。


 ただ唇を震わせ、怯えたように僕を見上げているだけだった。


 その姿が、今の僕にはどうしようもなく腹立たしくて。


「……チッ」


 舌打ちとともに、僕はリンカから手を離した。


 まるで不要な荷物でも投げ捨てるかのように。


「げほっ……! ごほっ……!」


 どさり、と床へ倒れ込んだリンカが、苦しげに咳き込む。


 だが、そんな姿を見ても、僕の心は微塵も揺れなかった。


 同情も、憐れみもない。


 ただ一つ、はっきりと理解しただけだ。


 ──こいつが、全ての元凶だったのだと。


「ここまで可愛がってやった恩も忘れ、それを仇で返してくるとはな……」


 自嘲混じりに呟く。


 するとリンカは顔を歪め、縋るように僕の足へとしがみついてきた。


「違っ……違うの! アタシは、ただ……セルディオのことが好きで……! 本当に好きになっちゃったから……あなたの心が欲しくて……!」


 その言葉を聞いた瞬間、ぞわり、と背筋に悪寒が走った。


 反射的に、僕は足にしがみつく彼女を振り払う。


「きゃあっ!」


 短い悲鳴を上げ、リンカの身体が再び床へと崩れ落ちた。


「……僕に触るな」


 吐き捨てるように告げる。


「穢らわしい」

「そんな……」


 信じられないものを見るように、リンカが目を見開く。


 だが、今の僕には、その顔すら見るのも不快だった。


「お前とは最初から契約だけの関係だったはずだ。それなのに約束を破って屋敷へ押しかけてきた挙げ句、僕を好きになった? そのせいで子供ができたと嘘をつき、ニーナを追い出しただと? ……ふざけるのも大概にしろ!」


 床へ倒れ込んだリンカを、僕は冷え切った目で見下ろす。


 僕を本気で好きになった?


 だから子供ができたなどという愚かな嘘をついた?


 ……馬鹿馬鹿しい。


 そんな身勝手な理由で、ニーナは深く傷つき、屋敷を去ってしまったというのか。


 そんなくだらない嘘ひとつで、僕は最愛の妻を失い、終わりの見えない絶望と後悔に苛まれているというのか。


「は……ははっ……」


 乾いた笑いが喉から漏れる。


 信じられなかった。


 あまりにも愚かで、あまりにもくだらない。


「ははっ……そんな……まさか……。そんな理由で僕は……ニーナを……愛する妻を失ったというのか……」


 もし全ての発端がリンカの嘘だったのなら──。


 僕の失敗は、この女を浮気相手に選んでしまったことだけだ。


 もっと自分の立場を理解し、契約を守れる女だったなら。余計な欲など抱かなければ。


 こんな結末にはならなかったはずだ。


 そう思った瞬間、胸の奥で煮えたぎっていた怒りが一気に噴き出した。


「お前はニーナがいなくなったのは僕のせいだと言ったな……。だが、結局はお前が全ての元凶じゃないか!」


 床に膝をつくリンカの胸ぐらを乱暴に掴み上げ、そのまま力任せに頬を打ち抜く。


「きゃあっ!」


 リンカの身体が勢いよく吹き飛び、壁へ激しく頭を打ちつけ、鈍い音が部屋に響いた。


 だが、そんなことを気遣う気持ちは、もう欠片ほども残ってはいなかった。


「ニーナは確かに苦しんでいたのかもしれない。僕の嫌がらせに耐え続けていたのかもしれない。……だが、それでも最後の一歩を踏み出させたのは、お前の嘘じゃないか!」

「そんなこと分からな──」

「分かる!」


 怒鳴り声が部屋に響く。


「ニーナの置き手紙に書いてあったんだ。『リンカと子供と共に、幸せに暮らしてください』と。『役立たずな妻で申し訳ありませんでした』と。お前が子供を身ごもったなどと嘘をつかなければ、ニーナがあんな言葉を残すはずがないだろう!」


 その瞬間、リンカの表情が強張った。


 まるで悪戯を見破られた子供のように唇を噛み締め、目を泳がせる。


 ニーナの置き手紙に、自分の嘘が記されているとは思ってもいなかったのだろう。


 その動揺が、何より雄弁に物語っていた。


「ニーナのことで、散々僕を責め立ててくれたな……」


 怒りに震える声が、低く漏れる。


「だが、ニーナを追い詰めた決定打は、お前だったじゃないか……!」

「違う、セルディオ! アタシは──」


 最後まで言わせる気はなかった。


 振り上げた手を、そのままリンカの頬へ叩きつける!


「きゃあっ!」


 悲鳴とともに、リンカが床へ頽れた。


 もう彼女の言い訳など、一言たりとも聞くつもりはなかった。 



 


 




 


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