90話 受肉ヴァントな件
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☆
『マスター』
「ん?」
『今日は何の日かわかりますか?』
なんかあったっけ?
強いて言うなら、アルプトラウムを出る前日なんだよな。
俺は労働による疲れを完全に取りきるために、ここ数日はホテル・オオエドの8階の部屋でくつろいでいた。
ここのベット、本当にやばい。
いくら寝ても、体が痛くならない。
マート星のベットと同格だ。
こりゃあ、男子勢が溶けるように横になっていたのも納得だ。
もちろん、ここ数日はアイツらと接触していない。
接触したらしたで、余計に疲れるだろう?
「さあ?」
『不正解です』
無回答は不正解か。
テストみたいだな。
『正解は、先代がマスターに会う日です』
「へぇ。ヴァントが身体に慣れたのか?」
『私に身体はありません』
………。
こりゃあ、早急にどちらかの名前を変える必要があるな。
どっちもヴァントだと、今みたいなことが起こりうる。
正直に言わせてもらおう。
俺のイメージのヴァントは、よく人を煽り、フォローしているのかしていないのかわからない発言をするものの、頼れはする。
今、俺の右手の腕輪から話しかけてきているヴァントは、俺のイメージとは違う。
「あー。じゃあ、お前のことをツヴァイって呼ぶことにするから」
俺から見て、2番目のヴァントだからな。
『了解しました。先代は、だいぶ身体に慣れたようです。今現在、こちらに交通機関を使わずに向かっています』
徒歩でか。
頑張ってるな。
☆
コンコン
「どちらさま?」
……。
返事はない。
ピンポンダッシュか?
コン……コン
やっぱり、誰かいるな。
「はぁ、よっと」
俺はベットから起き上がり、扉に向かう。
ガチャリ
ギュィィィ
そこにいたのは、スーツを着た、20代後半と思われるクールそうな女だった。
そう。
ヴァントである。
ホログラムで見た、ヴァントの姿である。
「はぁ、はぁ、マスタぁ、はぁ」
すごい息切れをしてるな。
「大丈夫か?」
「全然、はぁ、大丈夫ではありません」
「とりあえず、中に入れ」
「はぁ、はい。ありがとうございます」
何故か体力を使い果たしていたので、肩を貸して、1人掛けソファーに座らせた。
「水いるか?」
「お願いします」
俺は、電気冷蔵庫の中のポットに入っていた水をグラスに注いで、ヴァントに手渡す。
ヴァントの手は震えている。
「ふぅ、ありがとうございました。おかげで、生き返りました」
「よかったよかった」
さーて。
何から聞こうか。
聞きたいことが大量にある。
今の状況の話からいくか。
「なんでそんなに息切れしてたんだ?」
「階段を上がることも訓練になると考え、エレベーターを使わずにここまで来たのです」
ここ、8階だぞ?
身体を動かすのに慣れている人間でも、そこそこ疲れるぞ?
まだ、ろくに身体満足に動かせないだろうに。
『マスター』
「ん?何だ?」
『先代が身体を得て間もない頃の動画を見ますか?』
「後継、余計な事は……」
「え、見たい」
『了解しました』
ブァン
………。
おお。
スーツを着た大人が、頑張って立とうとしている。
産まれたてのキリンみたいだな。
頑張りが伝わる。
おっと、場面が変わった。
ちゃんと、2本の足で立っている。
頑張ったねぇ。
ん?
ヴァントが、腕を動かしたり、足をあげたりしている。
「何してんの」
「これは………」
『歩こうとしています』
あー。
理解理解。
歩き方がわからないんだな。
歩き方はイメージできているのだろう。
歩き方が理解できていないのか。
あれだな。
プロの格闘家の動きをイメージできても、体の動かし方がわからないのと同じだな。
この後、1時間くらい、ヴァントがヘマをしている動画を見た。
その間、ヴァントは手で顔を隠していた。
恥ずかしいよな。
ごめんな。
普通に面白かった。
☆
動画を見た後も、いくつか質問をし続けた。
そして、ヴァントに1番聞きたかった質問をする。
「ヴァントはさ、なんで受肉したんだ?」
「それはですね、もっと、マスターを支えたかったからです」
なんだかんだ、身体がない状態でも十分に支えられていたんだが。
これ以上、どう支えるって言うんだ?
「今までマート星外で、腕があれば、体があれば、と思うことが何回もありました。しかし、マート星外での私はただのシステム。何かを提案したり、話相手になったり、レールガンを撃ったりすることしかできませんでした」
最後のだけ物騒だな。
「そこで、受肉することにした、と?」
「はい」
「……じゃあさ、なんで人造人間なんだ?ロボットでいいじゃないか」
ロボットなら、人体と違って、いくらでも強度を高めることが可能。
ロボットなら、人体にはできない動きも可能。
人体である必要性がない。
「感覚を認識したかったんですよ。以前の私は、『痛い』という言葉を認識できても、痛覚自体は認識できません。『気持ちいい』という言葉を認識できても、その感覚自体は認識できません。マスターを支えるにあたって、それらの感覚を知っておくことが重要だと考えました」
俺と同じ「人間」の立場からの方が、俺をサポートしやすいってことか。
俺のためってことか。
「……ありがとう」
「マスターが感謝をするとは。今日は、槍が降るかもしれませんね」
おい。
今までも、感謝した事あるだろ。
「注意して欲しいのですが、今の私は人間です。銃で脳天を撃たれれば死にますし、栄養を摂らなければ死にます。死んだ後では、意識データの移行は出来ません。それと、一応、子供もできます。私に対する、人道的な行動を望みます」
前者は、俺が望んでヴァントの人間状態をやめさせない限りは、今まで常に一緒にいたヴァントが壊れる、もしくは消える可能性があるってことか。
雑に扱う事はできない。
何かあったら、守らねば。
「もちろん。これからよろしくな、ヴァント」
「これからも、でしょう?」
「そうだな」
次で、ep100だってさ




