89話 気絶中に感謝された件
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☆
「ん?ここは………風呂場だな」
俺、倒れたんだっけ?
頭が痛い。
頭を打ったのだろう、後頭部にたんこぶがある。
とっとと出て、氷で冷やすか。
製氷機がアルプトラウムにあるかわからないが、エレベーターだってあるのだ。
恐らく、存在すると考えられる。
「ヘイ、ヴァント」
………。
「おーい」
………。
ヴァントに状況を聞こうと思ったのだが、応答がない。
壊れたのか?
「聞いてる?」
『こんにちは、マスター』
「こんにちは?」
急に挨拶されたな。
ボケたつもりか?
まあいい。
「状況を説明してくれる?」
『しばらく、お待ち下さい………』
………。
コイツって、こんなキャラだったっけ?
妙に丁寧だし、煽ってこない。
システムエラー?
『マスターは、倒れました』
「そんなことはわかってるんだよ!」
なんかおかしいな。
………。
腕輪を叩けば治るか?
ガンッ
『マスターが気絶している間に、3個体接触してきました』
無視かよ。
「3個体って?」
『金髪の個体が2つ、黒髪の個体が1つです』
名前で呼んで欲しかったな。
多分、女子勢だろ?
何で、女子が男湯に入ってきたんだ?
今日のヴァントは少し頼りない気がするから、口で説明してもらうんじゃなくて、映像を見せてもらうか。
「その時の映像を見せて」
『了解しました』
ブァン
ザァーーー
この音は、シャワーの音か。
流しっぱなしは勿体無いな。
ガラガラ
おっ。
誰か入ってきたな。
『ここの湯、いいわよねぇ。何回でも入れちゃう』
『ロッテ。その言葉、何回も聞いたぞ?今日も5回入るのか?』
『もっちろん!アイリスも入るでしょう?』
『儂は2回入れれば満足なのじゃ!お主は入りすぎなのじゃ!』
やっぱり、女子勢だったか。
きちんとバスタオルを体に巻いているようで何より。
『ロッテは昼から何をするつもりだ?また競艇か?』
『ええ!楽しめて、お金が増えるって、最高じゃない?』
『そうなのだが………。普通はロッテみたいに3連単を5連続で当てることなんて、出来ないんだからな?お金がなくなる前に、なるべく早く手を引いた方がいいぞ?』
3連単を5連続?
すげえな。
金をすり減らしたどっかの誰かさんとは違うな。
エリカは賭け事をしないタイプか。
つまり、不確定要素には手を出さないタイプの人間ってことだ。
なるほどなるほど?
予定の会話だけでも、性格がわかってくるもんだな。
『む?誰かおるぞ?』
アイリスが俺に気づいたな。
近づいてくる。
『おお。エルンなのじゃ』
『エルンだな』
倒れているのが俺だと気づいて、第一声がそれ?
反応薄いな。
『エルン!?何でエルンが女湯にいるのよ!』
シャルロッテが俺を平民呼びしてないのは、珍しい。
俺の前以外では、エルン呼びなのかな?
それにしてもコイツ、女湯って言ったな。
俺は男湯に入ったつもりなのだが。
『きっと、エルンは長時間倒れていたのじゃろう。だから、男湯と女湯が逆になったんじゃな』
アイリスがシャワーを浴びながら言った。
旅館の温泉によくあるやつか。
納得だな。
『エルンの身体か……』
倒れてることに感想はないんだ?
見られて減るもんじゃないから、いくらでも見ていいのだが。
『触って………いいよな?』
は?
『ちょっと、エリカ!それは流石に……』
何でだろう。
シャルロッテが常識人に思えてくる。
ピトッ
『………ありがとう』
確かに、エリカの口からそう聞こえた。
なぜ感謝?
触らせてくれてありがとう、ってか?
『本当に、ありがとう。この身体が、今まで私を助けてくれたんだな』
助けた?
エリカを助けた覚えなんてなかったのだが。
『お前がいなかったら、確実に私はレンツに殺されてただろうし……』
セーンドイル宙域のことか?
俺がラムラダで参戦しなければ、デウロは占領されただろう。
だが、貴族家の人間が人質になった可能性はあるが、殺しはしないだろう。
人質とは、生かしておくから効力を発揮するからな。
………でも、ありえない話ではないか。
あの戦いでのラザフォード王国軍の主力はパラベラム家とガーランド家。
彼らが全滅レベルの損害を被り、ギュンターとアルフォンスが戦死したら、その2つの貴族家は急速に力を失うだろう。
そうなったら、弱体化した二つの貴族家に対する人質など不要。
殺される可能性は、無くはないってところか。
どちらにせよ、「確実」ではないと思うが。
………そういえば、レンツの総大将だった人間ががそこでシャワーを浴びているぞ?
それについてはどうも思わないのか?
『世界を滅ぼしかねない危険な魔物を討ったらしいし』
プレデテーラ・ウォーエルのことかな?
別に、特定の誰かのためって訳ではないのだが……。
強いて言うなら、俺のためなんだよな。
『今回だって、私達の我儘を聞いてくれた。ありがとう』
死なれたら困るもんな。
俺のためだ。
『いつまで触ってるのよ!長いわよ!』
『そうだな。体を洗うよ。じゃあな、エルン』
俺の右手に向かってそう言って、エリカは俺から少し離れたところで体を洗い始めた。
………。
え?
俺はそのまま放置?
☆
「まさか、そのまま放置されるとは………」
『恐らく、マスターを寝かせたままの方が良いと判断したのでしょう』
そうなのかなぁ。
善意なら、仕方がないかもしれないが……。
まあ、なんか体の疲れがとれてるし、いいか。
「俺は何時間くらい気絶してたんだ?」
『お待ち下さい………14時間ほどです』
今までと比べて、機械感が増したような返答。
「さっきから気になってたんだけど、ヴァント、お前、おかしいぞ?」
『先代から引き継ぎましたから』
先代?
何のことだ?
今俺が話しているのは、ヴァントⅡだとでもいうのか?
システムアップデート的な感じか?
「先代はどうなったんだ?」
『元気ですよ?』
AIにも、調子があるのか?
『やっと身体が馴染んできたようで、早くマスターに会いたがっています』
何を言っているんだ?
そんな、受肉でもされたかのような………。
考えろ。
ヴァントは前世とは比べ物にならないほど高度な文明出身だ。
まさか……。
「人造人間?」
『はい。マスターが気絶している間に、マート星で作られた超高性能な身体に、先代の意識データが組み込まれました』
………。
俺は、怖くなってしまった。
意識データを身体に組み込める。
恐らく、逆も可能。
俺の意識を記録として抜き取られて、別の体に組み込まれたとしたら、それは果たして俺なのだろうか。




