9話 引っ越しは惑星ごとする件
☆
お袋が目を覚ましたのは、バルがマート星の地下ドックに静止したのと同時だった。
「……う、ううん。エルンスト?私、死んだのかしら。さっき、大きな岩がぶつかって……」
「おはよ、お母さん。生きてるよ。ほら、着いたよ」
ハッチが重々しく左右に開く。
お袋はフラフラと立ち上がり、バルの外へ一歩踏み出した。
そして、その瞬間。
お袋の時が止まった。
「な……何、これ……。ここ、星の、中なの……?」
見上げるほどの高さにある巨大な天井。
等間隔に並ぶ、この世界には存在しないはずの青白い光源。
そして何より、ドックの中央に鎮座する「それ」の存在感。
全長7000メートルの戦艦ヴァント。
その巨大な「壁」のような船体を見上げた瞬間、お袋は「あ、あわわ……」と声を漏らし、そのままストンと膝から崩れ落ちた。
見事な腰の抜けっぷりである。
「お母さん!大丈夫?」
「エルンスト……あ、あの巨大な鉄の塊は何なの……?神様のお城なの……?」
『鉄ではありませんし、お城でもありませんが、神に近い力を持っているとは自負しています。ベアトリス様。本拠地へようこそ』
ホログラムのヴァントが、いつものクールな微笑みでお辞儀をする。
お袋は腰を抜かしたまま、ポカンと口を開けて戦艦とAIを交互に見ていた。
☆
とりあえずお袋を抱え上げ、基地内の広場エリアにあるソファに座らせた。
お袋に温かいお茶(自動調理機製)を飲ませ、落ち着いたところで会議の開始だ。
「さて、ヴァント。これからどうしようか」
「……エルンスト。マート星にこんなすごいものがあるなんて、もしあの人や王国に知られたら、大変なことになるわよ」
お袋が青い顔をして俺の服の裾を握る。
「ヴィッテルスバッハ男爵領の中に、こんな国家を滅ぼせるような兵器があるなんて……。絶対、戦争になるわ。取り上げられて、私たちは……」
お袋の心配はもっともだ。
この戦艦一隻あれば、この星系の力関係なんて一瞬でひっくり返る。
なんなら、王国すら一瞬で潰せる…と思う。
欲に目が眩んだ親父や、王国の貴族たちが黙っているはずがない。
『マスター。心配は無用です。現在のこの世界の魔導戦艦ごとき、接近される前にレールガンで塵も残さず瞬殺できます。不穏な動きを見せる都市があれば、衛星軌道上からピンポイントで蒸発させれば済む話です(笑)』
ヴァントが物騒なことをサラッと言い放つ。
「ちょっと!ヴァントさん、それは絶対にやめて!そんなの怖すぎるわ!」
お袋が必死にヴァントを止める。
「だよね。俺もあんまり目立ちたくないんだ。平穏に暮らしたいし、五十万円……じゃなくて、のんびり余生を楽しみたいんだよ」
俺がそう言うと、ヴァントは少し考え込む仕草を見せた。
『なるほど。「目立たず平穏」に、ですか。私という強大な力を手に入れた時点で矛盾しているような気がしますが、マスターの要望なら仕方ありませんね。では、いっそのことこの星ごと移動してしまいましょうか』
「……は?」
俺とお袋の声が重なった。
「星を移動するって……どういうことだよ」
『このマート星は、そのものが一つのレリック……いえ、宇宙移動要塞です。星の裏側に、直径500メートル級の超大型プラズマ・バーニアが24機、地殻の下に隠されています』
ヴァントがホログラムでマート星の構造図を展開した。
そこには、星の内部を貫くような巨大な核融合ユニットがびっしりと描かれていた。
『これを起動すれば、マート星はマジノ星系の公転軌道を離脱し、宇宙のどこへでも移動可能です。男爵領どころか、王国の干渉すら届かない未踏宙域まで逃げるのは造作もありません』
「……星を飛ばすのかよ」
「そんな、信じられないわ……」
お袋はもう驚きすぎて、感覚が麻痺してきているようだ。
「いいな、それ。誰にも邪魔されない場所に引っ越ししよう。ヴァント、準備にどれくらいかかる?」
『地殻の固定とエンジンの暖機運転に24時間。その後、一気に加速します。慣性中和装置が働きますから、中にいるマスターたちは揺れすら感じませんよ』
「よし、決定だ。マート星、引っ越し準備開始!」
☆
会議が終わると、急にお腹が鳴った。
そういえば、男爵家を出てからまともなものを食べていない。
「ヴァント、何か食い物あるか?お袋も腹減ってるだろ」
『了解しました。8万年前のレシピを再現した「オリジナル」の標準食を提供します。食堂へどうぞ』
「ハチマンネン?」
お袋は、一瞬不思議に感じた様子だったが、なんでか腑に落ちたらしい。
案内された食堂は、ピカピカに磨かれたレストランのような場所だった。
テーブルに座ると、ロボットが銀皿を持ってくる。
目の前に置かれたのは……。
「……カレーだ」
皿に盛られた白い米、そしてスパイスの香りが漂う茶色のルー。
紛れもない、前世で愛した国民食だ。
「まあ、不思議な色をした食べ物ね……。エルンスト、これ、食べられるの?」
お袋が恐る恐るスプーンを持つ。
「うまいから食べてみなよ。ヴァント、これマジでカレーか?」
『はい。当時の日本と呼ばれた地域で最も好まれていた料理のデータから再現しました』
一口食べてみる。
「……っ!!うっま!!」
濃厚なコク、適度な辛み、そしてホロホロに煮込まれた肉。
21世紀のレトルトカレーなんて目じゃない。素材の鮮度が違う。
お袋も一口食べて、目を見開いた。
「美味しい……!こんなに複雑で、奥深くて、温かい料理……食べたことがないわ!」
お袋は夢中になってスプーンを動かした。
元とはいえ、男爵の妻がカレーをガツガツ食べる姿はなかなかシュールだが、それだけ美味いということだ。
「ヴァント、これ、材料はどうしてるんだ?8万年前の備蓄か?」
『まさか。劣化して毒物ですよ(笑)。マート星の地下第12層に、巨大な農業プラントがあります。マスターが私を起動させると、それも稼働させ始めました。種さえあれば、どんな食材も短時間で作れますよ。』
農業プラント。
それがあれば、星の移動中も食料に困ることはないし、むしろ贅沢ができる。
「すごいな……。お袋、これからは毎日こんな美味しいものが食べられるよ」
「ええ……。なんだか、悪い夢を見ているみたいだけど。でも、エルンストと一緒にいられるなら、私はどこへでも行くわ」
お袋はカレーを綺麗に平らげると、満足そうに微笑んだ。
☆
食後、俺は食堂の広い窓から、ドックに眠る戦艦ヴァントを眺めていた。
あんなバケモノ戦艦を持っていて、星ごと宇宙を移動する。
もはや「モブ」の範疇を完全に超えている気がする。
でも、俺は乙女ゲーの主人公になるつもりなんてさらさらない。
快適に、目立たずに平凡に生きれればそれでいい。
あ。
ラザフォード学園は気になるかな。
『マスター。第1エンジン、点火シークエンスに入ります。マジノ星系への別れの言葉はありますか?』
「ねーよ。さっさと行こうぜ」
『了解。マート星、発進します』
マート星の深部で、巨大な鼓動が始まった。
☆
一方その頃。
ヴィッテルスバッハ男爵家の屋敷では、フレデリックが肩に包帯を巻き、真っ赤な顔で怒鳴り散らしていた。
「ベアトリスめ! 息子を唆して逃げおって! 衛兵は何をしていた! あの程度のバル、ミャーチ(軍用バル。装甲も、機動性もバルの上位互換)が追えばすぐに捕らえられたはずだ!」
そこへ、一人の家臣が青ざめた顔で駆け込んできた。
その手には、天体観測用の魔導水晶が握られている。
「ほ、報告します! フレデリック様! 大変です!」
「何だ! 捕まえたのか! それとも墜落でもしたか!」
「いえ、そうではなく……。マート星が……マジノ星系第五惑星マートが、消えました!」
フレデリックは、一瞬何を言われたのか理解できず、口を半開きにした。
「……消えた? 何がだ。バルが消えたのか?」
「違います! 星です! 惑星そのものが、公転軌道から外れて……その、物凄い勢いで加速し、星系の外へと飛んでいきました! 現在、観測不能です!」
「は……?」
フレデリックの脳が停止した。
星が消える?
不毛な岩石の塊が、勝手にどこかへ飛んでいく?
そんな話、魔法の歴史のどこを読んでも出てこない。
「馬鹿なことを言うな! 星が動くわけがあるか! 目の錯覚だ、観測機器を修理してこい!」
「ですが、他の領地の天文台からも『第五惑星が突如として光を放ち、消失した』と問い合わせが殺到しておりまして……。あと、マート星が移動した際の衝撃波で、隣の第六惑星の軌道が微妙にズレたという報告も……」
「………………」
フレデリックは包帯を巻いた肩の痛みも忘れ、窓の外の夜空を見上げた。
つい先ほどまでそこにあったはずの、不毛な星。
それが、今やどこを探しても見当たらない。
「エルンスト……。貴様、一体何をしたんだ……?」
その問いに答える者は、もうこの星系には誰もいなかった。
☆
マート星、中心部。
『マスター。マジノ星系脱出を確認。追跡者は存在しません。……というか、あんな速度に付いてこれる機体はこの宇宙には存在しませんが(笑)。現在スリープ状態のラタにある駆逐艦ならいけるかもしれませんが』
ヴァントが楽しそうに、星の移動軌跡をホログラムに映し出す。
「そうか。じゃあ、まずは適当な未踏宙域までノンストップで行こう」
俺はカレーの皿を片付けながら、軽く伸びをした。
「ねえ、エルンスト。本当に星が動いているのよね。全然、揺れないけれど……」
お袋が、不思議そうに床をトントンと叩いている。
「これがレリックの技術だよ、お母さん。俺たちの新しい家は、宇宙一安全なんだ」
『ふふん。その通りです。さて、お腹が膨れたら、次はお部屋の案内をしましょうか。ベアトリス様には、男爵家の寝室がゴミ溜めに見えるほどの特等室を用意してありますから』
「あら、それは楽しみね」
お袋がやっと、心からの笑顔を見せた。
『部屋には、専用の勝手に掃除する円盤型の機械がありますので、掃除する必要はありません』
「最高ね!」
「……ヴァント、それって、ル○バだよな?」
『はい、ル○バです。ただ、あなたが前世にいた頃のル○バとは全くの別物です。高速で地面を這いずり周り、壁を登り、天井にへばりつきます。そして、何より壊れない!』
高速で移動し、化け物じみた生命力。
ゴキブリかな?
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