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8話 言い訳したら俺が化け物になってしまった件

 「お母さん、こっち!」

 

 俺はバルのハッチを全開にして、お袋を招き入れた。

 

 親父は地面に転がって、脱臼した肩を押さえながら悶絶している。

 

 自業自得だ。

 

 自分の妻に剣を向けるなんて、騎士の風上にも置けない。

 

 お袋は少し戸惑っていたが、俺の真剣な顔を見て、意を決したようにバルの中へ飛び込んできた。

 

 「失礼します……。えっ、エルンスト?ここ、本当にバルの中?あのクズ(フレデリック)はもっと環境が悪いって言ってたのだけど……」

 

 お袋が絶句するのも無理はない。

 

 外見はボロい「空飛ぶ棺桶」だが、内装はヴァントによって完全に作り変えられている。


 だって、俺がそう望んだのだから。

 

 高級車のシートのような座り心地の椅子。

 

 空中に浮かぶ幾つものホログラムウィンドウ。

 

 清潔感あふれる白い壁。

 

 およそ男爵家の予算で作れる代物じゃない。

 

 『マスター。ベアトリス様の収容を確認。ハッチを閉鎖します』

 

 ヴァントがいつもの落ち着いた声で言った。

 

 「ああ、頼むわ。ヴァント、とりあえずここを離れる。高度を上げて」

 

 『了解しました。重力制御、始動』

 

 バルが音もなく浮上する。

 

 窓の外では、親父が必死に何かを叫んでいるが、完全防音のバル内には一切聞こえない。


 ホログラムウィンドウ見たら、いつのまにかマイクがオフになってる。

 

 お前の声は何も届かない。


 さらば、クソ親父。



 「……エルンスト。あなた、さっきから誰と何を話しているの?」

 

 お袋が不思議そうな顔をして俺を見ていた。

 

 ん?

 

 お袋にはヴァントの姿が見えていないのか?

 

 「ヴァント、お袋にもホログラムで姿を見せて」 

 

 ブワァン

 

 光の粒子が集まり、クールな美女のホログラムが出現する。

 

 お袋は「ひっ」と短い悲鳴を上げて、シートに深く沈み込んだ。

 

 「ゆ、幽霊!?精霊様!?」

 

 「いや、違うよお袋。これは……えーっと、すごい魔法道具の精霊みたいなもんだよ」

 

 説明が面倒なので適当に誤魔化した。

 

 『精霊と一緒にしないでいただけますか?私はもっと高次元な存在です』

 

 ヴァントが不満げに口を尖らせる。

 

 相変わらずプライドが高いAIだ。

 

 「あ、あの。エルンスト。それよりも、さっきからあなた達が話している『言葉』は何?」

 

 お袋が、何より不思議だという顔で俺に問いかけた。

 

 言葉?

 

 「言葉って……普通に話してるけど?」

 

 「違うわ。さっきまで、私やあの人と話していた時の言葉じゃないわ。もっと……なんて言うのかしら。独特な響きというか。聞いたこともない言葉よ」

 

 俺は固まった。

 

 あ。

 

 やらかした。

 

 俺とヴァントは、さっきからずっと「日本語」で会話していた。

 

 俺にとっては前世の母国語だし、ヴァントは初期設定で日本語を選択したから、それが当たり前になっていた。

 

 それと、前世で英検1級を持っていたからだろう、別言語に切り替えるのを自然に出来てしまっていた。

 

 「えっと、これは……」

 

 なんて言い訳しようか。

 

 独自の古代魔法の詠唱です、とか言えば信じてくれるか?

 

 すると、横でホログラムのヴァントが、珍しく神妙な顔をしてデータを解析し始めた。

 

 『……マスター。非常に興味深い事実が判明しました』

 

 「なんだよ。深刻な顔して」

 

 『今、ベアトリス様が話された言語……つまりこの世界の共通語をスキャンし、私のデータベースと照合しました』

 

 「ほう?」

 

 『この言語は、8万年前のオリジナルが使っていた言語の地方訛りに酷似しています。単語の8割が一致しました』

 

 ……。

 

 は?

 

 「ちょっと待て。っていうことは、俺が今お袋と話してるこの言葉は、元々は8万年前の言語だってことか?」

 

 『肯定します。文明は退化しても、言語の根幹だけは生き残っていたようですね。皮肉な話です。オリジナルを滅ぼした新人類たちが、オリジナルの言葉をそのまま使っているとは』

 

 ヴァントがフン、と鼻で笑った。

 

 お袋は、俺とヴァント(見えない相手)が未知の言語で言い合っているのを見て、完全にキャパオーバーな顔をしている。

 

 「えーっと。お母さん。これはね、マート星で見つけた『レリック』から学んだ特別な言葉なんだ」

 

  もちろん嘘である。

 

 「そうなの……?5日で未知の言語を習得したの?」

 

 いかん。

 

 レリックのせいにしておけばいいとか思った俺がバカだった。


 未知の言語を5日で習得できる人間とか化け物じゃねえか。


 お袋が、尊敬1割と困惑4割恐怖5割の目で見つめてくる。

 

 5歳児に向ける目じゃない。

 

 「ヴァント、お母さんに挨拶して」


 『こんにちは、マスターのお母様。私はヴァント。マスターのサポートを担当しています』


 「ど、どうも」


 お袋の目はキョトンとしていた。



 バルは雲を突き抜け、成層圏に近い高さを飛んでいる。

 

 眼下にはラザフォード王国の広大な景色が広がっていた。

 

 「ねえ、エルンスト。私たちはこれからどこへ行くの?」

 

 お袋が窓の外を見ながら不安そうに聞いた。

 

 「決まってるよ。高速魔道路に乗ってマート星に行くよ」

 

 「マート星……。あの不毛な星に行くの?」

 

 「大丈夫。あそこには、この家よりもずっと広くて、安全な場所があるから。」


 俺がそう言って笑うと、お袋も少しだけ安心したように微笑んだ。

 

 『不毛な星?この私を侮辱する気ですか?』


 「ご、ごめんなさい」


 せっかくいい感じだったのに、なに拗らせてくれてんの?



 バルが高速魔道路に進入した。

 

 「あ……ああ、エルンスト!あれ見て!」

 

 お袋が窓を指差して悲鳴を上げた。

 

 視線の先には、巨大なデブリが迫ってきていた。

 

 通常のバルなら、かすっただけで即死するサイズだ。


 ちなみに、高速魔道路内だったら、10cmほどのデブリで装甲が死ぬらしい。

 

 「お母さん、大丈夫だよ」

 

 「大丈夫じゃないわ!当たる、当たるわよ!」

 

 お袋は恐怖に顔を歪ませ、俺の小さな手をぎゅっと握りしめてきた。

 

 かなりの力だ。

 

 5歳児の手が折れるかと思った。

 

 ふと、いたずら心が湧いた。

 

 この「ブリキの暴君」の頑丈さを、お袋にも知ってもらった方がいいんじゃないか?

 

 「ヴァント、わざと一つ当てて。一番デカいやつ」

 

 『了解しました。マスター、性格悪いですね(笑)』

 

 バルは回避運動をやめ、一直線にデブリへ向かっていく。

 

 お袋は「あああああ!」と絶叫し、目を強く閉じた。

 

 ドォォォォォォン!!

 

 凄まじい衝撃音が室内に響く。

 

 だが、バルは揺れさえしなかった。

 

 実質20メートルの超合金装甲である。デブリの方が粉々に砕け散り、光の塵となって消えていった。

 

 「……あれ?」

 

 お袋が恐る恐る目を開ける。

 

 「お母さん、ほら。無傷だよ」

 

 俺が笑顔でそう言った瞬間だった。

 

 「………………」

 

 お袋の白目が剥かれた。

 

 そのまま、糸が切れた人形のようにシートへ沈んでいく。

 

 「おーい、母さーん?」

 

 揺すってみたが、返事がない。

 

 完全に失神していた。

 

 『マスター。やりすぎです。心拍数が一時的に危険域に達しましたよ』

 

 「お前に言われたくないわ!お前もノリノリでぶつけたんだろ!」

読んでくれてありがとうございます。面白いと感じてくださった方は、評価、ブックマークをしてもらえると嬉しいです。

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