6話 バルが改造された件
☆
ヴァントは俺の横をふわふわと浮きながら、何やら空中に複雑なホログラムウィンドウを大量に展開している。
『マスター、少しよろしいでしょうか』
「ん? なんだ?」
『先ほども申し上げましたが、私は約8万年もの間、深い眠りについていました。その間、あのゴミ……失礼、現在の新人類の方々は、一体どのような進化を遂げたのですか?彼らの技術水準を把握しておきたいのです』
なるほど。
8万年も寝ていれば、外がどうなっているか気になるのは当然だ。
俺は「メモメモ」の知識と、この5年間で学んだこの世界の常識をざっくりと説明することにした。
「えーっとな。正直に言うと、技術退化したんじゃないかってレベルだぞ。今は機械文明なんてほぼない。何でもかんでも『魔石』と『魔法』で解決だ。宇宙船も、ヴァントみたいな合金の塊じゃなくて、魔法で強度を高めた船体に『航行石』を積んで飛ばしてる。お前が言うところの核融合炉なんて誰も知らないし、空も魔法の光で照らしてる状態だ。おまけに、かつての遺物は『レリック』なんて呼ばれて、使い方もわからず放置されてる。まあ、俺からすればただの不便なファンタジー世界だよ」
俺の説明を聞くにつれ、ヴァントのホログラムの表情がどんどん険しくなっていく。
眉間に皺を寄せ、信じられないゴミを見るような目だ。
『……信じがたいですね。まさか、8万年で文明が退化しているとは……。ざまぁ(笑)』
いや、笑ってるけど結構毒吐くね、このAI。
まあ、時速4万キロのレールガンを主砲にするような化け物戦艦からすれば、火の玉を飛ばし合ってる今の魔法戦艦なんてお遊びに見えるんだろうな。
「まあ、そんな猿たちが作った宇宙船が、そこにある俺の愛機だ」
俺はドックの隅にポツンと置かれた、俺の乗ってきた「バル」を指差した。
『……あれですか。あの、今にも爆発しそうなブリキの卵が?』
「おい、失礼だぞ。あれでも男爵家が金を工面してくれた『空飛ぶ棺桶』……じゃなくて、廉価版宇宙船なんだからな」
『スキャンを開始します…………。……。………………マスター、これ、冗談ですよね?』
「大真面目だ。スキャン結果はどうだ?」
『反吐が出ます。あ、私に消化器官はありませんが、データが拒絶反応を起こしています。何ですかこの構造は?エネルギー伝達経路に無駄が多すぎます。装甲材質もただの木に魔法コーティングをしただけ。これではデブリに当たれば死ぬというのも納得です。新人類というのは、8万年かけてゴミを作る技術を磨いたのですか?ゴミがゴミを作るのはいい気味です(笑)』
ヴァントの毒舌が止まらない。
どうやら、新人類が作った「魔法技術」というものが、純粋な「機械知能」である彼女にとっては我慢ならないほど効率が悪いらしい。
対抗心というか、もはや職人的なプライドが激しく傷つけられているようだ。
『認められません。私のマスターが、このような欠陥品に乗っているなど、私自身の存在意義に関わります。マスター、そのゴミをこちらへ。私が“本物の技術”というものを教えてあげましょう。もっとマシな、いえ、最高の機体に作り替えて差し上げます』
「え、改造してくれるのか?それは助かるけど……一つ条件がある」
『条件、ですか?』
「見た目だけは、絶対に変えないでくれ。俺はこれに乗って実家に帰らなきゃいけないんだ。」
親父は棺桶を渡したはずなのに、大金入りの金庫が戻って来たら、なんて言われるだろうね!
多分没収されるよ?
『……なるほど。機能美を隠し、その醜悪な外見を維持しろと。屈辱的ですが、マスターの安全のためなら致し方ありません。外面はその汚いブリキのままで、中身だけを“神”に変えて差し上げましょう』
ヴァントが指先をパチンと鳴らす動作をする。
音はしなかったが、どこからともなく数台の作業用ドローンが現れ、俺のバルを囲んだ。
凄まじい火花が飛び散り、バルの外装が……あ、剥がさないんだな。中身をくり抜いて、外殻だけを再利用するのか。
☆
数時間後。
そこには、見た目だけは相変わらずの「バル」が鎮座していた。
薄汚れた灰色の塗装、どこか頼りない丸っこいフォルム。だが、近寄ってみると何かがおかしい。
「……なぁ、ヴァント。これ、なんか重圧感が凄くないか?空気が歪んでる気がするんだけど」
『よくお気づきで。外面はマスターの要望通り「ゴミ」のままですが、その皮一枚下からは別次元です。まず、ティン・タイラントの装甲を説明しましょう。厚さは以前と同じ5センチですが、内部に「空間圧縮技術」を適用しました。実質的な厚さは20メートルです』
「20……メートル!?ビル並みじゃないか!装甲の厚さが!?」
『はい。材質はこのヴァントと同じ超合金。理論上、この戦艦ヴァントの主砲を直撃させても耐えられます。まあ、衝撃を吸収しきれるわけではないので「運動量保存の法則」に従って、バル自体は銀河の果てまでぶっ飛んでいくでしょうが、マスターの体と機体は無事です』
「ミンチにならないって言ってるだけじゃないか!バルが飛んでいったら俺の意識が飛ぶわ!」
『それから、その装甲の重さ……つまり質量は、空間圧縮しても20メートル分しっかり存在します。今のこの機体、総重量は前のバルの数万倍以上あります』
「重っ!そんなの動くのかよ!重力に引かれて地面にめり込んだりしないか?」
『そこは私の腕の見せ所です。ティン・タイラントには動力源として、超小型核融合炉を直列で4基積み込みました。航行石なんていう欠陥品はすべて破棄し、純粋なプラズマ・バーニア推進に切り替えています。重力制御も併用しているので、静止状態なら地面を割りません。走力は以前の3倍を超えます。今の魔法戦艦程度なら、この機体で体当たりするだけで、向こうだけが一方的に粉砕されて沈みます。まさに「弾丸」ですよ』
大規模な大戦が起こっている中、ある魔道戦艦が煙を上げて轟沈する。
その煙の中から勢いよく出て来たのは、ボロいバル。
………。
シュールだな。
「あと、この腕……なんか動きがスムーズだな」
バルから伸びている、例のショボいマニピュレーター。見た目は変わっていないのに、俺がレバーを動かすと、俺の指先と完全に同期して動いた。
『フィードバック・システムを一新しました。以前の「つかむだけ」の棒とは違います。卵を割らずに保持することも、鋼鉄の壁に指を突き立てて登ることも可能です。マスターが剣の練習をしていると言っていたので、一応、抜刀動作もできるように関節の自由度を極限まで高めておきました』
「バルで剣を振るのか……シュールだな。でも、使い勝手がいいのは助かるよ」
『そうでしょう?ふふん、新人類が一生かけても到達できない領域に、数時間で到達してしまいました。気分がいいですね』
ヴァントは満足げに、新しくなったバルを見つめている。
毒舌だけど、自分の作った作品には愛着があるらしい。
「……ヴァント。お前、さっきからこのバルを別の名前で呼んでないか?」
『おや、気づかれましたか。この機体には正式に個体識別名を与えました。外面はゴミ、中身はつよつよ。このアンバランスさが最高に愛らしいので……。この子の名前は”ティン・タイラント(ブリキの暴君)”です』
「名前が物騒すぎる!バルでいいよ、バルで!」
『ダメです。この子は私の誇りですから』
☆
俺は「ブリキの暴君」こと魔改造バルに乗り込んだ。
外見こそ変わらないが、コックピットのシートに座った瞬間に違いがわかった。
以前のようなガタつく振動がない。まるで、巨大な鉄の塊に包まれているような、圧倒的な安心感がある。
目の前の全天周囲モニターには、ヴァントのホログラムが映し出された。
『どうも、マスター。ティン・タイラントには私を投影する腕輪を入れておいたので、それをおつけ下さい。ティン・タイラント内では、私は腕輪をつけていなくても映し出され、マスターのサポートをさせていただきます』
「りょーかい」
『システム、オールグリーン。核融合炉、安定。いつでもいけます、マスター』
「……これでお袋に会いに行ける。元気にしてるかな」
『ベアトリス様ですね。彼女がこの機体を見て「あら、前より少し綺麗になったかしら?」程度の感想しか抱かないことを祈っています。外面だけは徹底的に「平凡」に偽装しましたから』
「サンキュー、ヴァント。お前、意外と気がきくな」
『最高のマスターには、最高のサポートを。それが私の存在理由ですので。……でも、もしあの父親がまた嫌がらせをしてきたら言ってくださいね?戦艦ヴァントで実家の屋敷をレールガンでぶち抜きますから』
「物騒なサポートはいらないんだよ!」
俺はスロットルを押し込んだ。
背中を蹴られるような強烈なGとともに、ブリキの暴君はマート星のゲートを飛び出した。
時速1000km…1500km…2000km……。
加速が止まらない。前のバルの限界速度(時速350km)を軽々と超え、俺は青白い尾を引いて宇宙の彼方へと消えていった。
難しすぎる乙女ゲーの世界。
……まあ、実家に帰った時にうっかり着陸で地面を陥没させないように気をつけるのが、今の俺の最大の難題なんだけどね!
「待ってろよ、お袋!」
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