16話 休日って言われても、正直何したらいいかわからない件
文章の雰囲気を少し変えました。理由は、そろそろ1場面に出てくるキャラの数が多くなってしまい、今までの雰囲気だとちょっと文章がややこしくなると思ったからです。
☆
学園生活が始まって、初めての休日がやってきた。
朝、鳥のさえずりで目が覚める……わけではない。
通信リングの電流で目を覚ます。
ふかふかのベッド。
清潔なシーツ。
「……暇だ」
正直言って、することがない。
マート星にいた頃は、朝から晩まで剣の練習だの、座学だのをしていた。
でも、急に「自由にしていい」と言われても、何をすればいいのか分からない。
『マスター。休日の過ごし方が分からないのですか? 現代の若者なら、学園都市の店へ行き、流行りの服を買ったり、女子生徒とパンケーキを食べたりするのが一般的だそうですよ』
右手の通信リングから、ヴァントが余計なお世話を焼いてくる。
「パンケーキなんて、男三人衆で食いに行っても虚しいだけだろ。それに、俺は平民だ。学園内での食費は出されるが、休日の余計な出費はなるべくしたくない」
野郎3人でキャッキャしながらパンケーキ食うか?
俺は嫌だぞ?
結局、俺は寮のクローゼットから、入試でも使ったボロい木刀を取り出した。
結局、これだ。
体を動かしていないと落ち着かないんだ。
剣の腕を落とさない方がいい。
この世界は何が起こるか分からないからな。
一昨々日のルリアの件だってそうだ。
いつ、誰がナイフを振りかざしてくるか分からない。
俺は特待生用の寮の庭に出た。
芝生が綺麗に整えられている。
庭付き一戸建て。
「よし」
俺は木刀を構えた。
空気を切る。
一振り。
二振り。
無駄を削ぎ落とす。
速度、角度、重心の移動。
三十分。
一時間。
集中が高まると、周囲の音が消える。
二時間。
三時間。
額から汗が流れる。
心地よい。
「……ふぅ」
三時間ほど素振りを続けたところで、俺は一度刀を下ろした。
「おい、君」
背後から声をかけられた。
振り返ると、そこには一人の男子生徒が立っていた。
銀色の髪を短く切りそろえた、神経質そうな顔立ちの少年だ。
制服を完璧に着崩さず、背筋をピンと伸ばしている。
あー。
通過点か。
「……誰だ?」
一応聞いておく。
だって、初めましての人間が自分の名前知ってたら怖いでしょ?
………。
初めましての人間が自分の弱みを握ってたら怖いね!
やっちゃってたね!
「失礼した。私はストック=フォン=ランヤード。子爵家の人間だ」
ストック。
俺の脳内にある「メモメモ」のデータベースが即座に反応した。
こいつは、王国の剣術検定で8段を持っている天才だ。
ちなみに検定は10級から始まり、10段が最高位。
8段というのは、両手両足ほどしかいない。
性格は一言で言えば「剣術バカ」。
ゲーム内では、彼は”通過点”だった。
この「メモメモ」では、剣術はそこそこ大切である。
なんせ、レオンが傲慢なくせに剣術がほぼできず、途中で襲われ殺されて、ゲームオーバーになることがある。
そのため、レオンを守るためにルリア(プレイヤー)が剣術を嗜んでおくことは必須なのだ。
そして、強さの指標としてちょうどいいのがストック。
こいつに勝てれば、襲われても全て返り討ちにできるほどと考えたらいいだろう。
で、こいつに勝ったらどうなるか。
こいつは、「自分より剣が強い女性が好み」である。
よって、勝手に落ちる。
だから、”通過点”なのである。
まあ、ゲームのクリア条件はレオンを落とすことだから、落ちたところでって感じ。
「エルンだ。平民の。……何か用か?」
「……君の素振りを三十分ほど見ていた」
三十分も。
気づかなかった。
集中しすぎていたらしい。
「驚いたよ。魔力を一切感じない。だが、その剣筋。淀みがまったくない」
魔力を一切感じないだって?
そりゃそうだよ。
魔力ないんだもん。
ストックの目が、鋭く細められる。
「私は剣術検定8段を拝命している。だが、今の君の素振りを見て、自分の未熟さを痛感した」
「褒めすぎだ。ただの暇つぶしだよ」
「暇つぶしであの領域に行けるはずがない。……頼む。私と、手合わせを願えないか?」
やっぱりそう来たか。
剣術バカだもんな。
「断る。面倒くさい。俺は疲れたんだ。これから風呂入って寝る」
俺は木刀を肩に担いで、玄関に向かおうとした。
「待ってくれ! お願いだ! この通りだ!」
ストックが深く頭を下げる。
子爵家の人間が、平民に頭を下げる。
この学園ではあり得ない光景だ。
『マスター。相手をしてあげればいいじゃないですか。検定8段のデータを収集したいです。今のマスターが「手加減」を学ぶ良い機会ですよ』
ヴァントが右手からささやく。
手加減。
確かに、それが今の俺の最大の課題だ。
入試の時は、試験官の剣を叩き折ってしまった。
あれは失敗だった。
「……分かった。一本だけだぞ」
「感謝する!」
ストックは、腰に下げていた練習用の剣を抜いた。
純粋な鋼の練習剣だ。
俺は再び、ボロい木刀を構えた。
☆
「……いくぞ」
ストックの雰囲気が変わった。
それまでのおどおどした様子が消え、全身から鋭い闘気が溢れ出す。
彼は強い。
間違いなく、入試で戦ったあの試験官よりも上だ。
無駄な魔力に頼らず、肉体のバネを最大限に利用している。
「はっ!」
踏み込み。
一瞬で間合いを詰められる。
鋭い突きが、俺の喉元を狙って放たれた。
速い。
普通の人なら、反応すらできないだろう。
だが、俺の視界には、彼の動きがスローモーションのように見えていた。
何でかって?
マート星に移住してから10年、毎日のようにあの馬鹿みたいな速さのル○バを見ていたからだ。
首をわずかに傾け、突きをかわす。
「……っ!?」
ストックの目が驚愕に見開かれる。
彼は即座に手首を返し、横薙ぎの一撃。
俺は木刀の腹で、その剣を受け流す。
キン、という高い音が鳴る。
力を入れすぎない。
相手の力を利用して、軌道を逸らす。
そうしないと、木刀が死ぬ。
ストックは止まらない。
嵐のような連続攻撃。
二段。
三段。
上下左右。
変幻自在の剣筋。
さすが8段だ。
技術だけなら、この学園でもトップクラスだろう。
だが、俺はヴァントのおかげでこれくらい慣れてる。
俺は彼の攻撃をすべて最小限の動きで回避し、受け流した。
「……なぜだ! なぜ当たらない!」
ストックの呼吸が乱れ始める。
「……終わりだ」
俺は、彼の剣の隙間に、木刀を滑り込ませた。
コン。
軽い衝撃。
彼の練習剣の鍔を、木刀の先で叩く。
「あ……」
ストックの剣が、手からこぼれ落ちた。
芝生の上に、練習剣が転がる。
俺は木刀を、彼の首元にピタリと止めた。
「……俺の勝ちでいいか?」
沈黙。
ストックは、動けずに立ち尽くしていた。
やがて、彼は震える声で言った。
「……見事だ」
彼はその場に膝をついた。
「一本どころではない。完敗だ。一度も、かすりもしなかった。……君は、一体何者なんだ?」
「ただの平民だって。……もういいだろ、帰るぞ」
「待ってくれ! エルン殿!」
殿?
呼び方が変わった。
「素晴らしい! 魔法を使わず、純粋な技だけで私を圧倒するなんて! 私は、今まで何を学んでいたんだ……! 恥ずかしい! 私は、井の中の蛙だった!」
ストックの瞳が、キラキラと輝き始めた。
背中に寒気が……。
嫌な予感がする。
これ、ゲームで彼がルリアに落ちた時の目だ。
「エルン殿! ぜひ、私を弟子にしてくれないか!」
「嫌だ。教えることなんて何もない」
「では、良きライバルとして! 毎日ここで手合わせを……!」
「それも嫌だ。俺は寝るのが趣味なんだ」
嘘である。
俺に趣味なんかない。
強いて言うなら、マート製の紅茶を淹れるのが好きなくらいだろうか。
俺は足早に寮の中へ逃げ込もうとした。
しかし、ストックは俺の肩を掴む。
「待ってくれ!もう少し、15分でいいから、俺に剣の稽古をつけてくれ!」
「嫌だ!俺は風呂に入るんだ!」
「なら一緒に入ろう!」
「バカかお前はぁ!」
☆
その日の夜。
『マスター。戦艦ヴァント内のお母様がビデオ通話をしたいそうです』
「ふーん。いいよ」
俺の気持ちは昂っていた。
久しぶりに、お袋の顔が見れる。
そこまで、マザコンな覚えはないが、非常に嬉しい。
きっと、人間関係に疲れていたのだろう。
ピッ
寮の壁に、お袋の顔が出てくる………。
お袋よりも、お袋の背景がすごいことになっている。
一面、応援旗だらけ。
ちょっと、不気味である。
『エルンスト!無事?』
通信リングからお袋の声が聞こえる。
脳が少し混乱する。
久しぶりの母との会話で最初に安否を聞かれるのはなぜだろう。
「無事だけど?」
「よかった。私ね、ヴァントちゃんからエルンストの学園内の様子を聞いて、心配になっちゃって」
いつの間にか、俺の行動がお袋に伝わっていた。
俺のプライバシーはどこいった?
「エルンスト。本当に大丈夫なの?試験官をふっ飛ばしたり、王子を殴ろうとしたり、伯爵令嬢の弱みを握ったり、女の子に刺されそうになったり、男の子と風呂に入りそうになったり」
………。
こりゃお袋心配するわな。
俺も不安だよ。




