14話 貴族社会の落ちこぼれとつるむ件
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特待生としての二日目。
俺は貴族校舎の裏手にある、人気の少ないベンチに座っていた。
ここなら、あの面倒な王子や、金髪ロールに見つかる心配もない。
手に持っているのは、購買部で買ったパサパサのサンドイッチだ。
「はあ、口の水分があ」
独り言をこぼしながら、味の薄いハムを噛み締める。
すると、茂みの向こうからガサガサと音がした。
「……おい、ここなら誰も来ないだろ?」
「ああ。あいつら、昼休みは食堂のテラスでシャンパン片手に優雅にやってるはずだ」
低い男の声が二つ。
茂みから現れたのは、俺と同じ貴族用の制服を着た男子生徒が二人だった。
一人は、筋肉質で背が高い茶髪。
もう一人は、少し小太りで愛嬌のある顔をしている。
彼らはベンチに座っている俺に気づき、露骨にビクッとした。
「あ……。先客がいたか」
「……君は、例の特待生のエルン、だっけ?」
茶髪の男が、おずおずと尋ねてきた。
「ああ。そうだけど。邪魔ならどくよ」
俺が立ち上がろうとすると、小太りの方が慌てて手を振った。
「いやいや!いいんだ。むしろ、俺たちみたいなのと一緒で良ければ、そこにいてくれよ」
彼らは俺から少し距離を置いて、地面にどっかと座り込んだ。
「俺はカイル=フォン=スナブノーズ。こっちはハンス=フォン=ブルパップ。二人とも辺境の男爵家の三男坊だ」
カイルと名乗った茶髪が、自嘲気味に笑う。
「男爵家の、しかも三男。この学園じゃ、平民より少しマシな程度の扱いさ」
「全くだ。教室じゃ上位貴族のパシリだし、掃除当番は押し付けられる。やってられねぇよな」
ハンスが白パンを力任せに千切る。
どうやら、この学園の過酷なカースト制度にウンザリしている同類らしい。
☆
「特待生ってのも大変だろ? 昨日の王子殿下とのやり取り、見てたぜ」
カイルが俺に視線を向ける。
「あそこで頭を下げたのは正解だよ。あいつら、プライドだけは高いからな」
「そうそう。俺たちなんて、幼年部の時から毎日毎日『靴を舐めろ』だの『宿題を代行しろ』だの言われてたんだ。反論した瞬間、家ごと潰されかねないからな」
彼らの話を聞いていると、この学園がいかに腐っているかがよくわかる。
「メモメモ」のゲーム画面でははっきりとは見えなかった、貴族社会の生々しい底辺だ。
俺は、彼らを「メモメモ」でみたことがない。
つまり、俺よりもモブってことだな。
「……なあ、これ食うか?」
俺はポケットから、カレー粉の小瓶を取り出した。
「何だそれ? 怪しい薬か?」
「いや、調味料だ。パンにかけてみろ。世界が変わるぞ」
半信半疑の二人が、自分の白パンにカレー粉を振りかける。
一口食べた瞬間、二人の目が皿のように見開かれた。
「う……うまい! なんだこれ、舌の上で火花が散ってるみたいだ!」
「高級ホテルのメインディッシュにも負けないうまさだ!!」
二人は無我夢中でパンを貪り始めた。
『マスター。またカレー粉をバラ撒いていますね。スパイスの密売人ですか?』
通信リングからヴァントの呆れた声が聞こえるが、無視だ。
「エルン……。お前、良い奴だな。」
「ああ。俺たちみたいな『落ちこぼれ』と仲良くしてくれる奴なんて、この貴族校舎に10人もいなかったからな」
カイルとハンスが、満面の笑みで俺の肩を叩く。
どうやら、俺に初めての「友達」ができたらしい。
貴族校舎の中では、最もカーストが低い三人組の誕生だ。
「そういえば、エルン。お前、ピンクの髪のルリアって子と仲良くしてたよな?」
カイルが、思い出したように言った。
「仲良くっていうか、食堂でちょっと話しただけだ」
「気をつけたほうがいいぜ。あの子、平民のくせにやたらと王子たちに近づこうとしてるだろ?」
ハンスが声を潜める。
「昨日、見たんだ。王子近くでわざとらしく転んで、デカい胸を強調してたのを。……ありゃ、相当な手練れだぜ」
「……ほう?」
「あの子、特待生になれなかったのを相当根に持ってるっていう噂だ。自分の名前が金文字じゃなかったのを見た時、一瞬だけ般若みたいな顔してたってさ」
カイルが肩をすくめる。
俺が昨日ヴァントに見せてもらった映像は、間違いではなかったわけだ。
「俺たちの情報網をなめるなよ。三男坊は、壁のシミみたいにどこにでも潜んでるからな」
壁に三男、障子に三男ってか?
頼もしいのか情けないのかわからないが、彼らの情報収集能力は高そうだ。
☆
昼休みが終わり、俺たちは一緒に教室へ戻ることにした。
カイルとハンスと歩いていると、すれ違う上位貴族たちが鼻で笑ってくる。
もちろん、そいつらの名前は全員知ってる。
「おや、ゴミが三つ集まって歩いているぞ」
「類は友を呼ぶ、というやつですね」
相変わらずの罵詈雑言。
だが、隣を歩く二人は慣れっこなのか、中指を立てる代わりに変な顔をしてやり過ごしている。
俺もそれに合わせて、阿呆のような顔をして歩いた。
これが、この学園を生き抜くための「擬態」だ。
教室に向かっている時、渡り廊下でルリアとすれ違った。
彼女は俺を見ると、パッと花が咲くような笑顔を浮かべた。
「あ、エルンさん! 昨日はありがとうございました!お話できて、とっても嬉しかったです!」
その声は、透き通っている。
周りの男子生徒たちが、デレデレと鼻の下を伸ばす。
だが、俺の隣のカイルとハンスは、露骨に顔を引き攣らせていた。
「……じゃあ、また!」
ルリアは軽やかに去っていく。
悪い。
「また!」って言われても、俺はお前に会う気ないよ?
死にたくないもんね。
彼女の背中を見送りながら、カイルが耳元で囁いた。
「……おい。今のルリア、笑ってたけど、目は一ミリも笑ってなかったぞ」
「ああ。あいつ、エルンのことを獲物だと思ってやがる」
どうやら、俺の新しい友人たちは、意外と観察眼が鋭いらしい。
☆
放課後。
俺はカイルとハンスと一緒に、寮へと向かっていた。
「そういえばさ、エルン。お前の乗ってる『バル』、見せてくれよ」
「あんなボロい球のどこがいいんだよ」
俺がそう言うと右手の通信リングから電流のようなものが流れてきた。
結構痛い。
悪かったって。
「いや、逆だよ。あんな骨董品を動かせる奴なんて、今どき珍しいだろ」
二人の提案に乗って、俺は寮の格納庫へと案内した。
シャッターを開けると、そこには無骨な灰色をした「ティン・タイラント」が鎮座している。
「うわ……。マジでただの球だ」
「でも、なんかこう……威圧感があるな。装甲が妙に厚いというか」
カイルとハンスが、バルの周囲を回って感心している。
『マスター。彼らにバルの中を見せないようにしてください。面倒なことになります』
ヴァントの警告が小声で飛ぶ。
「ただの作業用だよ。力だけは強いんだ」
俺がそう言うと、二人は顔を見合わせた。
「力、か。……なあ、エルン。もしよかったら、2週間後の『模擬宇宙戦』で俺たちとチームを組まないか?」
「模擬宇宙戦?」
何それ。
「ああ。毎年の貴族校舎恒例の行事だよ。学生が自分の船に乗って、宇宙空間で演習をするんだ。船の周りに結界が張られて、それに基準値以上の攻撃が当たれば撃沈判定になるんだ」
カイルが、苦々しい表情になる。
「俺たちはいつも、上位貴族の的にされてボコボコにされる担当なんだ。あいつら、実家の魔導戦艦を出してくるんだ。流石に対結界船は禁止だから死ぬことはないけど、絶対負ける。でも、お前がいれば、少しは粘れるかもしれないだろ?」
模擬宇宙戦。
戦艦ヴァントに乗っていれば、王国艦隊を一人で壊滅させられる。
だが、流石にそれはできない。
「いいぜ。どうせ一人じゃ暇だしな」
「本当か! よし、これで今年は一方的にやられずに済むかもしれない!」
二人は子供のように喜んだ。
☆
その夜。
『マスター。模擬宇宙戦に戦艦ヴァントを出して、ゴミを叩き潰しましょう!』
「無理に決まってるだろ?出した瞬間、即王国と戦争だわ」
本当にこいつは、どんだけ新人類が嫌いなんだろうね。
『いいじゃないですか!』
よくねえよ。
『どうせ結界を張られるんでしょう?安全じゃないですか!』
ノリノリである。
「安全かどうかじゃねえ!ヴァントはデカすぎなんだよ!」
『なるほど!小さければ良いんですね!』
「そういうことじゃ……。いや、そういうことだわ」
流石俺のサポートAIである。
「じゃあさ、マート星で魔導駆逐艦程度の大きさで作ってよ」
『了解しました!』
☆
次の日の朝。
『マスター!完成しました!』
その声で俺は起きた。
「早くね?」
『はい!頑張りました!詳細を表示します。』
艦船名 ラムラダ
船体 200×23×10
最高走力 時速5000km
武装 10cmレールガン2門12基
20mm対空レールガン2門14基
ファイヤーボール発射装置4基
4連装ミサイル発射管4基
レーダー探知機(効果範囲100000km)
魔法防御シールド
ヴァントにしては、いろいろなところに配慮が見られる。
まず、ちゃんと魔導駆逐艦のサイズにしてあること。
次に、ちゃんとこの時代での戦闘も考えて、魔法による攻撃手段を持たせたこと。
『どうですか、マスター?』
「控えめに言って、最高だね。どのくらいで持って来れる?」
『そうですね。星系間高速魔道路で8日ってところですね』
全然間に合うじゃん。
よかった。
せっかく作ったのに、間に合わなかったら意味ないからね。




