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13話 正ヒロインが正ヒロインしてない件

 放課後になった。

 

 俺は誰よりも早く教室を飛び出した。

 

 帰り際、王子レオンの取り巻きが何か言いたそうにこちらを見ていた。

 

 無視だ。

 

 あいつらに関わると、時間が溶ける。

 

 俺の今の目的は、安全に寮に帰ることだ。


 「また会ったわね!平民!って、待ちなさいよ!」


 鬱陶しい金髪ロールもスルー。

 

 貴族校舎から寮までの道は、意外と長い。

 

 豪華な彫刻が並ぶ廊下を、足早に通り過ぎる。

 

 すれ違う貴族生徒たちが、ひそひそと笑い声を漏らす。

 

 「見て、あの逃げるような足取り。やっぱり平民ね」

 

 「王子殿下に怯えてるのよ。滑稽だわ」

 

 ああ。


 そうだね。


 間違ってない。


 王子に会うと厄介ごとが起こりそうだから、俺は王子に怯えている。

 

 ようやく自分の寮、一戸建ての「特待生用住居」にたどり着いた。

 

 鍵を開けて中に入る。

 

 ガチャリ。

 

 鍵を閉める。

 

 チェーンもかける。

 

 よし、完全犯罪ならぬ完全防御だ。

 

 「ふぅ……。疲れた」

 

 制服のネクタイを緩める。

 

 この服、肩が凝るんだよ。

 

 俺はリビングのソファに深く体を沈めた。

 

 

 「ヴァント、いるか?」

 

 右手の通信リングを軽く叩く。

 

 『いつでも、マスター』

 

 空間がゆらりと歪んだ。

 

 光の粒子が集まり、クールな美女のホログラムが出現する。

 

 ヴァントだ。

 

 彼女は部屋の空気をスキャンすると、呆れたようにため息をついた動作をした。

 

 『そんなに急いで帰らなくても、誰もマスターを殺せはしませんよ。何かあれば、学園ごと消滅させる準備はできています』

 

 「物騒な冗談はやめろって。俺は平和に卒業したいんだ」

 

 『冗談に見えましたか?残念です』

 

 ヴァントはふわふわと浮きながら、俺の周囲を旋回する。

 

 『それで、学園初日の感想は?』

 

 「最悪だよ。王子に目をつけられるわ、伯爵令嬢は絡んでくるわ。特待生の立場はめんどくさいし。……あ、でも、良いこともあったぞ」

 

 俺は昼食の時間を思い出した。

 

 「ヒロインのルリアに会ったんだ」

 

 『あのピンク色の個体ですね。データは収集済みです』


 ピンクなのは髪だけでは?

 

 「ルリア、良い子そうだったな。わざわざ声をかけてくれたし、俺の怪しいカレー粉を信じて食べてくれた。あんなに素直な子がヒロインなら、この世界も捨てたもんじゃないかもね」

 

 俺がそう言うと、ヴァントの表情が急に無機質なものに変わった。


 俺は少しだけ、安心していた。

 

 ゲームのルリアはプレイヤー次第で性格が変わる。

 

 さっき会った彼女は、俺の目にはとても純粋で優しい少女に見えた。

 

 『マスター。やはりあなたは、詰めが甘いですね。お人好しというか、お花畑というか』

 

 「なんだよ。急に毒吐きやがって」

 

 『私が、あの個体との接触をただ見ていたと思いますか?』

 

 ヴァントが指先を動かす。

 

 俺の目の前に、昼食時のルリアの映像が投影された。

 

 それも、ただの映像ではない。

 

 サーモグラフィー、X線透視、そして魔力波形解析がセットになった、超高度な分析映像だ。

 

 「……なんだこれ」

 

 『まずはこちらをご覧ください』

 

 ヴァントが映像を拡大した。

 

 ルリアが座った際、彼女のスカートのポケットが赤く強調される。

 

 透視データが表示された。

 

 そこには、細身で鋭利な金属製の物体があった。

 

 「……ナイフ?」

 

 『はい。鋼鉄のナイフですね。それも、ただの護身用ではありません。刃には麻痺毒と、強力な精神錯乱剤が塗布されていました。しかも、塗りたてです。この個体は、マスターと接触する直前にこれを塗布したと考えられます。つまり、マスターを刺す気満々だったってことです』

 

 「は……?」

 

 俺の背中に冷たいものが走る。

 

 あの優しそうに笑っていた少女のポケットに、そんな物騒なものが?

 

 『驚くのはまだ早いですよ、マスター。こちらが本命です』

 

 映像がさらにスロー再生される。

 

 ルリアが俺に「エルンさんって不思議な人ですね」と言った瞬間だ。

 

 彼女の瞳の色が、ほんの一瞬だけ、紫色に発光した。

 

 同時に、俺の周囲の魔力波が激しく乱れている。

 

 『彼女はマスターに対して「精神干渉魔法」を発動しました』

 

 「……精神干渉?」

 

 『はい。非常に制御が難しい高等魔法です』

 

 俺は絶句した。

 

 まったく気づかなかった。

 

 「でも、俺は何ともなかったぞ。普通に会話してたし」

 

 『当然です。精神干渉魔法は、他人の魔力波を弄り精神を操るというものです。』

 

 「魔力波をいじれば他人の精神って操れるもんなんか?」


 『可能です。例えば魔力が枯渇すると魔力波がなくなるのですが、その時に、倦怠感が来るのと同時に思考がネガティブになります。そのため、ある人の魔力波と逆位相の魔力波をぶつけ、魔力波を打ち消すと魔力波をぶつけられた人はネガティブになります』

 

 ノイキャンかな?


 「………。ってことはさ、俺が精神干渉されなかったのって……」


 『はい、マスターに魔力が無いからですね』


 なんとも言えないな。


 嬉しいのか、虚しいのか。


 こんな時、俺はどんな顔をすれば良いのかわからない。

 

 『マスター、変な顔ですね』

 

 「………」


 俺はソファに沈み込んだまま、天井を見上げた。

 

 「メモメモ」のヒロイン、ルリア。

 

 ゲームではプレイヤーが操作して彼女を導く。

 

 きっと、あのルリアも何かに導かれたのだろう。

 

 

 その日の夜。

 

 ルリアは平民寮の自分の部屋で、手帳を広げていた。

 

 部屋の明かりは消されている。

 

 月明かりだけが、彼女の無表情な顔を照らしていた。

 

 「……エルン?」

 

 彼女は昼間のやり取りを反芻する。

 

 「エルンなんて、『メモメモ』にはいなかったはず」

 

 ルリアの指が、スカートのポケットに隠したナイフの柄を撫でる。

 

 「おかしい。私は特待生になれなかった。あいつのせいで。王子を落とすために身につけた精神干渉魔法も効かなかった。あれは、精神干渉魔法の魔力波を受けても何の影響も受けないほど膨大な魔力量がないと起こり得ないはず。そんな強キャラを私が覚え忘れるはずない」


 彼女の脳裏には、エルンが差し出したスプーンの光景が浮かんでいた。

 

 「『大精霊の粉』……。あれはきっとカレー粉。この世界には存在しないはず」

 

 彼女の瞳が、暗闇の中で妖しく紫色に輝く。

 

 「王子たちを落として逆ハーレムを作るのが目標だったのに、特待生になれなかったせいで取り巻きに、近づくのも邪魔されるし。特待生枠を繰り上げるためにあいつをナイフで刺そうにも隙がないし……」


 徐々に湧き上がるエルンへの怒り。


 それを精神干渉魔法を自分にかけることで何とか抑えていた。


 「まさか、あいつも………」


 夜は更けていく。

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